カイの父親は、毎晩遅くまで働いていた。家にいる日も、ずっとパソコンの前にいた。画面には、表。数字。メール。資料。会議。同じようなものが、何時間も続いた。カイには、何をしているのかよくわからなかった。「仕事」としか聞いていなかった。
ある日、父親が珍しく早く帰ってきた。夕食のとき、母親が聞いた。 「今日早いね」 「会議なくなった」 「なんで?」 「AIがまとめてくれるようになったから」 カイは顔を上げた。 「AIが会議するの?」 「しないよ」 父親が笑った。 「会議の内容まとめたり、資料作ったり」 「じゃあお父さん何するの」 父親は、少し止まった。 「それを考えてる」 冗談みたいに言った。カイには少し変に聞こえた。
父親は、メーカーで働いていた。海外の会社とやり取りをして、売上をまとめて、来年どうするか考える。そう説明されたことがある。カイが見る父親の仕事は、メールを書く。表を直す。資料を作る。会議をする。その繰り返しだった。そのうち、メールもAIが書くようになった。表も。資料も。会議の議事録も。父親は「楽になった」と言った。それなのに、以前より楽しそうには見えなかった。
日曜日、父親がリビングで仕事をしていた。カイは横から画面を見た。AIとのチャット。
来期の販売戦略案を作成してください。
数秒で、文章が出てくる。市場分析。顧客課題。重点施策。KPI。父親は、そのまま読んでいた。 「これ全部AIが考えたの」 「まあ、下書き」 「すご」 「すごいね」 「じゃあお父さんいらないじゃん」 言った瞬間、母親が「カイ」と言った。父親は笑った。 「そうなるかもな」 カイは、言わなければよかったと思った。
その日の夜、父親の部屋の前を通ると、誰かと電話をしていた。 「いや、削減っていうより」 「役割が変わるんだと思います」 「はい」 「でも、それをどう評価するかですよね」 少し沈黙。 「今まで十人でやっていたことが三人でできるなら、七人はどうするのか」 カイは立ち止まった。聞いてはいけない気がして、部屋へ戻った。
学校でも、AIの話はよく出た。先生が「将来なくなる仕事もあると言われています」と言った。クラスの子が「先生もなくなるんですか」と聞いた。みんな笑った。先生も笑った。「どうでしょうね」。そのあと、AIに代わりにくい仕事について話した。人と関わる仕事。創造的な仕事。責任を取る仕事。新しいことを考える仕事。カイは、少し納得できなかった。父親だって、人と関わる。考える。責任もある。それでも、仕事の一部はAIに変わっている。
ある晩、父親が、仕事を辞める夢を見たと言った。夕食中だった。 「なんで?」 「わからない」 「AIに仕事取られた?」 母親が、また「カイ」と言った。父親は笑った。 「夢の中では会社そのものがなかった」 「会社が?」 「うん」 「じゃあみんな何してたの」 「そこまでは覚えてない」 父親は笑っていた。カイは笑えなかった。
次の日、父親の仕事について調べた。営業。マーケティング。企画。戦略。会社員。いろいろ検索する。AIによる自動化の記事がたくさん出てきた。
AIで営業資料を自動作成 市場分析を10分で 会議不要 レポート作成を90%削減
便利。効率化。生産性。そんな言葉が並ぶ。一日八時間の仕事が、二時間で終わったら、六時間はどうなるのだろう。休めるのか。もっと仕事をするのか。別の仕事をするのか。会社を辞めるのか。給料はどうなるのか。
父親に聞いた。 「AIで仕事早く終わったら、早く帰れる?」 「理論上はね」 「実際は?」 「空いた時間で別のことする」 「じゃあ楽にならないじゃん」 「まあ」 「なんで」 父親は、少し笑った。 「会社って、そういうところだから」 カイは、余計にわからなくなった。洗濯機ができたら、洗濯は早く終わる。電子レンジなら、料理が早い。AIなら、仕事が早く終わる。なのに、人は忙しいまま。変だった。
夏休み、父親は数日休みを取った。家族で旅行へ行った。旅館でも仕事の連絡を見ていた。 「休みなのに?」 「ちょっとだけ」 「AIにやらせれば?」 父親は笑った。 「AIに任せられないこともある」 「何?」 「人のこと」 「人?」 「誰に何を頼むかとか。誰が困ってるかとか。何を本当にやるべきかとか」 「それって仕事?」 父親は、少し考えた。 「たぶん、本当はそれが仕事なんだと思う」 「じゃあ今まで何してたの」 父親は笑った。 「仕事の周りの仕事」
その言葉が、気になった。仕事の周りの仕事。
旅行から戻ったあと、ネットで 仕事 仕事じゃない 仕事 と検索した。変な検索だった。いろいろ見ているうちに、見覚えのある黒い画面にたどり着いた。
NOT YET
最近、学校でも話題になっていた。
まだ名前のない未来を探す。
始めた。
最近、気になっている変化は?
お父さんの仕事をAIがやるようになった
それを見て、何が一番気になりますか?
仕事がなくなることより、そのあと何するのか
「便利なのに変だ」と思うことは?
すぐに書いた。
仕事が早く終わっても暇にならない
未来の仕事について、不思議に思うことは?
長く考えた。
AIが仕事するなら、人間は何を仕事と呼ぶのか
七つの質問に答えた。画面に 考えています。 しばらくして、一つ目の未来が現れた。
POSSIBLE WORLD 01
仕事を分解する
2051年。 一つの職業を、「AIにできる仕事」「人間がした方がいい仕事」「そもそもやらなくてもいい仕事」に分ける人が、会社の中にいるかもしれません。目的は、人を減らすことだけではない。AIに任せることで空いた時間を、人間が本当にやるべきことへ戻す 仕事です。
あなたは、仕事そのものを設計し直す人になるかもしれません。
この仕事には、まだ名前がありません。
カイは、「仕事を作る仕事?」と思った。次。
POSSIBLE WORLD 02
「余った時間」の使い方を考える
AIが一時間かかっていた仕事を、一分で終わらせたとします。残った五十九分を、さらに仕事で埋めるのか。休むのか。学ぶのか。誰かと話すのか。新しいことを始めるのか。
2051年。技術によって生まれた時間を、どう人間へ返すか。それ自体が、社会の大きなテーマになっているかもしれません。あなたは、生産性ではなく、余白を設計する仕事 をするかもしれません。
三つ目。
POSSIBLE WORLD 03
職業ではなく「役割」をつくる
未来では、一人の人が、一つの職業だけを持たないかもしれません。AIに任せる部分。人間が判断する部分。誰かを支える部分。何かを観察する部分。学び直す時間。地域で担う役割。
2051年には、「あなたの職業は何ですか」よりも、「今、どんな役割を担っていますか」 と聞く社会になっているかもしれません。あなたは、人とAIの役割を組み替える人になるかもしれません。
カイは、三つ目を何度か読み返した。職業ではなく、役割。
その夜、父親に見せた。 「これ」 父親は、画面を読んだ。 「面白いね」 「お父さんの仕事も、役割になる?」 「もうなってるかもね」 「どういうこと」 父親は少し考えた。 「昔は、資料をちゃんと作ることも仕事だった」 「今は?」 「AIが作る」 「じゃあ何するの」 「その資料を使って、本当に何を決めるか考える」 「それもAIできるんじゃない」 父親は笑った。 「できるところもある」 「じゃあ?」 父親は、しばらく黙った。 「誰とやるか決める」 「うん」 「やらないことを決める」 「うん」 「失敗したとき責任取る」 「うん」 「誰かが困ってたら、仕事を変える」 「それAIできない?」 「できるかもしれない」 父親は笑った。 「だから難しいんだよ」
次の日、父親が仕事をしていた。AIが作った資料を読んでいる。そのあと、誰かに電話した。 「この案、数字は合ってるんですけど」 「現場が持たないと思います」 「はい」 「高橋さんのところ、今二人抜けてますよね」 「これ進めたらたぶん無理です」 カイは、少し離れたところから聞いていた。人が二人抜けている。誰かが疲れている。このままだと無理。そういうものも、仕事を決める。
父親が電話を切った。 「今の仕事?」 「うん」 「何したの」 「計画止めた」 「作ったんじゃなくて?」 「止めた」 カイは笑った。 「それでお金もらえるの」 「もらえなかったら困るな」 父親も笑った。
二学期、学校で「将来の職業」を書く授業があった。医者。ゲームクリエイター。エンジニア。スポーツ選手。先生。カイは、しばらく空欄にしていた。先生が「まだ決まっていなくてもいいですよ」と言った。職業名の欄に、仕事を考える仕事 と書いた。隣の子が見て「何それ」と言った。カイも「知らない」と答えた。
その日の夜、NOT YETを開いた。未来へのメモを書く。
AIにできない仕事を探すんじゃなくて、AIがいるとき人間が何をするか考える。
少し長かった。そのまま保存した。その下に、もう一つ。
仕事が減ったら、時間まで仕事で埋めない。
保存。
数か月後、父親の会社で、部署が変わった。資料を作る仕事は減った。会議も減った。代わりに、いろいろな部署の人と話す時間が増えた。 「仕事どう?」 「前より変」 「楽?」 「前より難しい」 「忙しい?」 父親は少し考えた。 「前より、何してるか説明しにくい」 カイは笑った。 「仕事なくなった?」 父親も笑った。 「前の仕事は、半分くらいなくなったかも」 「じゃあ今は?」 「まだ名前ない」 カイは、NOT YETみたいだと思った。
土曜日、父親は珍しく、パソコンを開かなかった。昼過ぎ、二人で近所を歩いた。コンビニ。公園。駅。 「暇だな」 父親が言った。 「いいじゃん」 「何する?」 「何もしなくていいんじゃない」 父親は、少し笑った。公園のベンチに座った。しばらく、二人とも何もしなかった。父親はスマートフォンを出しかけて、やめた。風が吹いた。子どもが走った。犬が通った。
帰り道、父親が言った。 「月曜からまた仕事か」 「何の仕事?」 父親は笑った。 「それを月曜に考える」
二人で歩いた。