10

学校にない教科

教科の間にある問い

ソラは、教科を分けるのが苦手だった。数学は数学。国語は国語。理科は理科。社会は社会。学校では、きれいに分かれている。ソラが気になることは、いつも、どこかの教科からはみ出していた。

たとえば、駅前の古い商店街。社会で習うなら、地域経済。地理。都市。国語なら、そこに住む人の話。美術なら、看板や建物。数学なら、人通りの数。理科なら、夏の暑さや日陰。情報なら、地図やデータ。ソラには、全部同じものに見えた。授業では別々だった。

ある日、社会の授業で「地域の変化」について調べる課題が出た。先生が言った。「統計や地図を使って説明してください」。ソラは、家の近くの商店街を選んだ。店が減っている。それを調べようと思った。昔の地図。今の地図。店舗数。人口。高齢化率。数字を集めた。歩いてみると、数字だけでは足りない気がした。

閉まった和菓子屋の前に、椅子が二脚置いてあった。店はもう営業していない。夕方になると、近所のおばあさんが座って話していた。店ではない。公園でもない。ただ、閉まった店の前。ソラは、その場所が気になった。統計には、たぶん出てこない。

写真を撮っていると、おばあさんの一人に聞かれた。 「何撮ってるの」 「学校の調べものです」 「何の?」 「商店街がどう変わったか」 「ああ」 おばあさんは、閉まった店を見た。 「ここ、昔は団子屋だったのよ」 「知ってます」 「子どもが学校帰りに寄ってね」 「いつ閉まったんですか」 「三年くらい前かな」 隣のおばあさんが「もっと前よ」と言った。 「四年」 「そうだった?」 二人は笑った。ソラは、スマートフォンにメモした。

団子屋。3〜4年前閉店。

その下に、

今も人が座る。

と書いた。

学校に戻り、先生に見せた。 「面白いですね。でも、発表ではデータを中心にまとめましょう」 「この椅子は入れていいですか」 「補足なら」 補足。ソラは、少し引っかかった。店はなくなった。場所の使われ方は残っている。そこが、一番面白いと思った。

次の日は理科だった。校庭の温度を測った。日なた。日陰。アスファルト。土。木の下。数字がかなり違った。先生が「都市の暑さにも関係しますね」と言った。ソラは手を挙げた。 「じゃあ、駅前のベンチを木の下に置けばいいんですか」 「それは都市計画の話かな」 都市計画。それは何の教科なのだろう。

国語では、随筆を書いた。テーマは「身近な場所」。閉まった団子屋の前の椅子について書いた。先生は、文章の最後に 観察が細かくてよい と書いてくれた。ソラが知りたかったのは、文章が上手かどうかではなかった。なぜ、店がなくなっても、人はそこに集まるのか。

家で、父親に言った。 「学校って何で教科分かれてるの」 「教えやすいからじゃない?」 「誰が?」 「先生が」 「でも、現実は分かれてないじゃん」 「まあね。仕事も分かれてるけどね」 「でも、一個の問題にいろんな人来るでしょ」 「そうだね」 「じゃあ、問題の方から勉強した方がよくない?」 父親は少し笑った。 「それ、先生に言ってみれば」 「絶対めんどくさいやつだと思われる」 父親はもっと笑った。

ソラには、もう一つ癖があった。調べている途中で、横道にそれる。商店街を調べているのに、ベンチが気になる。ベンチを調べていると、高齢者が休める場所が気になる。そこから、夏の暑さ。木陰。街路樹。街路樹の根が歩道を壊す問題。歩道から、車椅子。ベビーカー。道路。交通。気づくと、最初に何を調べていたのかわからなくなる。先生には「テーマを絞りましょう」と言われた。正しいと思う。絞るたびに、大事なものを切り落としている気がした。

ある雨の日、図書室で課題をしていた。商店街。高齢者。日陰。ベンチ。いろいろ検索しているうちに、見慣れないサイトを見つけた。

NOT YET

黒っぽい画面。

まだ名前のない未来を探す。

開いた。

気がつくと、ついしてしまっていることは?

一つ調べてると別のことまで調べる

学校で少し困ることは?

どの教科の話なのかわからなくなる

人から「話が広がりすぎ」と言われることはありますか?

ソラは笑った。

よくある

未来の学校にあってほしいものは?

少し考えた。

教科じゃなくて、問題から始まる授業

七つの質問に答える。画面に 考えています。 と出た。やがて、一つ目のカードが現れた。

POSSIBLE WORLD 01

問題を先に置く

2050年。 学校には、数学、国語、理科、社会という時間だけでなく、一つの問題をいろいろな方法で考える時間 が増えているかもしれません。たとえば、「夏の街を涼しくする」。気温を測る。地図を見る。人に話を聞く。予算を計算する。歴史を調べる。デザインする。文章で提案する。

あなたは、教科を教えるのではなく、複数の知識をつないで問題を考える人 になるかもしれません。

この仕事には、まだ名前がありません。

ソラは、すぐに次を開いた。

POSSIBLE WORLD 02

境界を渡る

社会の問題は、一つの専門だけでは解けないことがある。高齢化。気候変動。AI。教育。都市。孤立。安全。技術だけでも、経済だけでも、文化だけでも、理解できない。

2050年。必要とされるのは、一つの分野を極めた人だけでなく、分野と分野の間を行き来する人 かもしれません。あなたは、専門家同士の言葉をつなぎ、「これは別の問題に見えるけど、実は同じかもしれない」と気づく仕事をするかもしれません。

三つ目。

POSSIBLE WORLD 03

名前がつく前の問題を見つける

問題には、名前がついてから、専門家が集まる。新しい問題は、最初から分類されているわけではない。「最近、なんとなく変だ」「別々の場所で似たことが起きている」「これは何の問題なんだろう」。

2050年。あなたは、まだどの分野にも所属していない問題 を見つけ、必要な人たちを集める仕事をするかもしれません。

ソラは、三つ目を長く見た。まだどの分野にも所属していない問題。それなら、自分がいつも迷う理由も、少し違って見えた。

翌日、社会の発表を作り直した。タイトルは、商店街の店が減ると、何がなくなるのか。最初に店舗数のグラフ。次に人口。高齢化率。ここまでは社会。その次に、閉まった団子屋の写真。椅子に座る人。夏の日なたと日陰の温度。ベンチの位置。歩く人の年齢。全部入れた。

発表の日、先生は少し驚いた顔をした。ソラは説明した。 「最初は店が減ってることを調べました。でも、店がなくなると、買い物する場所がなくなるだけじゃないと思いました」 写真を出す。団子屋。椅子。 「この店は閉まってます。でも、人は今もここに座ります」 次。夏の温度。 「でも、夏は暑すぎるので誰も座りません」 次。近くの公園。 「公園には木陰があります。でも商店街から少し離れてます」 クラスの子が「それ社会?」と言った。 「途中からわからなくなりました」 教室が笑った。ソラも笑った。 「理科も入ってます。国語も、人に話聞いたので入ってます。数学も、人数数えたので入ってます」 「では、ソラさんは何を調べたかったんでしょう」 先生が聞いた。少し考えた。 「店がなくなることじゃなくて、人が街にいられる場所が、どうやってなくなるか」 教室が静かになった。先生は「なるほど」と言った。

発表のあと、先生に呼ばれた。怒られるのかと思った。 「面白かったですよ。でも、少し広げすぎましたね」 やっぱり。 「はい」 「ただ、広げること自体が悪いわけではありません。広げたあと、最後に自分の問いへ戻ってこられるといい」 それは、少しわかる気がした。

それから、ノートの使い方を変えた。真ん中に一つ、気になることを書く。

商店街から店がなくなる

そこから線を引く。高齢者。暑さ。ベンチ。家賃。チェーン店。ネット通販。自動車。記憶。孤独。全部つなぐ。先生が見たら、また広げすぎと言うかもしれない。最後に赤い丸を書く。

今、一番知りたいこと

その中に、一つだけ問いを書く。

ある日、ニュースで、AIが学校教育に入る話をしていた。「これからはAIが、一人ひとりに合わせた学習を」とテレビの人が言っていた。 「便利になるね」 父親が言った。 「教科もなくなるかな」 「それはなくならないんじゃない?」 「何で?」 「基礎は必要だから」 「じゃあ、基礎やったあと全部混ぜればいいのに」 「また混ぜる話?」 父親が笑った。ソラも笑った。

NOT YETを開く。未来へのメモを書く。

一つの問題を、一つの教科に閉じ込めない。

少し考えて、もう一行。

でも、何でもつなげればいいわけじゃない。最後に問いへ戻る。

保存した。

放課後、商店街を歩いた。団子屋の前。今日も、椅子におばあさんが二人座っていた。その上には、古い庇がある。午後の日差しを、ちょうど遮っていた。そこで初めて気づいた。なぜ、真夏でもここだけ人がいたのか。店が閉まっても、庇は残った。庇が残ったから、日陰も残った。日陰があるから、人も残った。

スマートフォンを出す。写真を撮る。メモする。

店がなくなっても、日陰は残る。

その下に、

日陰があると、人も残る?

と書いた。最後に、いつもの記号。

12人の物語を読んだあとで、今度は、あなたの「なんとなく気になること」から、まだ名前のない未来を探してみる。

NOT YETをはじめる