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NOT YET

それらをつなぐもの

最初に気づいたのは、ユナだった。いつものように、街の小さな変化を記録していた。パン屋の営業時間。公園のベンチ。コンビニの求人。宅配ロッカー。閉まった店。増えた店。その日、NOT YETを開くと、画面の下に、見慣れない文字が出ていた。

OTHER SIGNALS

今までなかった。押す。地図が出た。自分の街だけではない。たくさんの点が、日本中に浮かんでいた。東京。大阪。名古屋。札幌。福岡。小さな町。海沿い。山の近く。一つ押してみた。

駅の音を毎週録っている。

別の点。

ゲームの中で、誰も行かない場所ばかり探している。

別の点。

使われていない設備を記録している。

また別。

虫がいなくなった場所を撮っている。

誰なのかはわからない。名前は出ていない。年齢も。学校も。短い観察だけがあった。自分みたいな人が、ほかにもいる。いや、自分みたいではない。全然違う。何かを見ている。

そのころ、ミナも同じ画面を見ていた。駅の音を録り続けていたミナ。画面に、こんな観察が出ていた。

街からベンチが減っている。

少し気になった。ベンチそのものではなく、ベンチの周りの音。人が座れば、話し声がある。缶を開ける音。荷物を置く音。子ども。杖。ベビーカー。ベンチがなくなると、音も変わる。自分の録音を聞き返した。去年。駅前。ベンチの近く。今年。同じ場所。たしかに、少し違った。

レンは、誰も使わない場所 という観察を見つけた。投稿には、こう書いてあった。

利用者が少ないから不要とは限らない。

ゲームの中の椅子を思い出した。誰も座らない椅子。クエストには関係ない。攻略にも必要ない。なくなったら、世界が少し薄くなる。

ナオは、わからない人が恥ずかしくなる仕組み という文章を見つけた。自分が書いたものではなかった。ほとんど同じことを考えている人がいる。祖母とAI。セルフレジ。役所。券売機。学校。どこにでも、わからない人がいる。知らない観察に、初めて小さな印をつけた。

RELATED

ソウタは、地図の中に、虫とは全然関係ない観察を見つけた。

店がなくなる前に、営業時間が短くなっていた。

何度も読んだ。虫と店。関係ない。似ている気がした。いなくなる前に、何かが変わる。最初は小さい。ある日、なくなる。

アオイは、物の履歴を考えていた。地図には、古い店の看板を撮っている という観察があった。なくなった店の包装紙を集めている というものも。服と、店と、看板。違う。なくなったあとでは、前にどうだったのかわからない。白いパーカーを思い出した。2026 / A。小さな印。

ハルは、地図をほとんど見なかった。他人の観察を読むだけでよかった。コメント欄はない。誰が人気なのかもわからない。フォロワーもない。ランキングもない。短い観察が流れてくる。

毎日同じ電車で見る人が三日いなかった。 公園の猫が一匹減った。 近所の店員が全員外国人になった。 学校で誰も使わない階段がある。 父が仕事の話をしなくなった。

一つずつ読んだ。返事はしない。誰かが見ている。自分も見ている。

リクは、地図を見ながら、変なことに気づいた。投稿の多くは、「問題」ではなかった。事故。事件。故障。クレーム。そういうものではない。

少し使いにくい。 少し減った。 少し静かになった。 少し増えた。 前と違う。

そのくらい。

ソラは、もっと別のことに気づいた。投稿が、教科に分かれていない。虫。AI。街。仕事。音。ゲーム。服。人間関係。全部、同じ場所にある。誰も、「これは理科」「これは社会」とは言わない。観察がある。それを見た人が、勝手につなぐ。

カイは、こんな投稿を見つけた。

最近、父が以前より早く仕事を終える。でも、前より疲れている。

自分が書いたのかと思った。違った。知らない誰かだった。その下に、別の観察。

AI導入後、会議は減った。でもチャットが増えた。 仕事が自動化されたのに、残業時間は変わっていない。

父親だけではない。

NOT YETには、少しずつ観察が集まり始めていた。誰かが作った未来予測ではない。専門家のレポートでもない。アンケートでもない。人が日常で、「ん?」と思ったこと。それだけ。

数か月後、画面に新しい機能が増えた。

CONSTELLATIONS

星座、という意味だった。押すと、ばらばらだった観察の間に、細い線が引かれた。

ベンチが減った から、高齢者が立って待つ時間が増えた へ。そこから、駅で休む人が減った へ。さらに、駅前の会話が減った へ。そして、ミナの、駅の音が変わった へ。

別の星座。セルフレジで高齢者が困る から、AIの説明が難しい へ。使われない案内ボタン へ。質問できない人が仕組みに現れない へ。ナオと、リクと、最初のユウの観察が、知らないうちにつながっていた。

もう一つ。空き地がなくなった から、虫がいなくなった へ。日陰が減った へ。人が座る場所が減った へ。商店街から人が長くいる場所が減った へ。ソウタ。ソラ。ユナ。別々の町。別々のことを見ていた。線を引くと、何かが浮かんだ。

ユナは、その画面を見ながら、少し怖くなった。線を引けば、何でも関係ありそうに見える。星座の下には、小さな注意書きがあった。

これは答えではありません。 似た観察を仮につないだものです。 関係がない可能性もあります。 観察を続けてください。

その文章が好きだった。NOT YETでは、誰かが未来を教えてくれるわけではなかった。使えば使うほど、わからないことが増えた。

ある日、NOT YETを使っている十三歳の子たちに、同じ質問が届いた。

あなたは、将来何になりたいですか。

学校で何度も聞かれる質問。ユウは答えなかった。ミナも。レンも。ナオも。ソウタも。アオイも。ハルも。リクも。ユナも。ソラも。カイも。しばらく、空欄のままにした。

その代わり、次の質問が出た。

では、今、何が気になりますか。

ユウ。 人が機械の前で止まる瞬間。

ミナ。 消えていく音。

レン。 役に立たない場所。

ナオ。 わからない人が置いていかれること。

ソウタ。 いなくなった生き物。

アオイ。 物が手放されたあと。

ハル。 話さなくてもつながっている関係。

リク。 ほとんど使われないもの。

ユナ。 ニュースにならない変化。

ソラ。 一つの教科では説明できないこと。

カイ。 AIで仕事が減ったあとの時間。

答えを送る。しばらく、何も起こらなかった。いつものように、画面には 考えています。 と出た。今回は、POSSIBLE WORLDは表示されなかった。代わりに、一つの文章だけが出た。

NOT YET

未来には、まだ名前がありません。 だから、あなたの将来にも、まだ正しい名前はありません。

今ある職業から、無理に選ばなくてもかまいません。 まず、あなたが世界のどこで立ち止まるのかを、覚えておいてください。

人が見過ごすもの。 なくなりかけているもの。 うまく説明できない違和感。 なぜか何度も見てしまうもの。

それらは、まだ仕事ではありません。 未来の仕事は、最初から仕事の形をして現れるわけではありません。 最初は、誰か一人の、小さな「なんで?」として現れます。

最後に、新しいボタンがあった。未来を予測する ではなかった。職業を選ぶ でもない。こう書かれていた。

OBSERVE

観察する。

十一人は、それぞれの場所で、そのボタンを押した。

ユウは、駅へ行った。改札の前で、人が立ち止まる。見る。

ミナは、録音ボタンを押した。朝の駅。電車。風。鳥。聞く。

レンは、ゲームの地図の端へ向かった。クエストとは逆方向。誰も行かない道。

ナオは、祖母の横に座った。AIを開く。祖母が何と言うかを、先に聞く。

ソウタは、マンションの植え込みを見る。蝶。一匹。その横に、アリ。

アオイは、古着屋で、服の袖口を見る。誰かが直した縫い目。

ハルは、何も投稿せず、知らない人たちの写真を見る。

リクは、駅の青いボタンの横を通る。今日は、誰も押していない。それも記録する。

ユナは、パン屋の前を通る。営業時間。変化なし。変化がないことも、メモする。

ソラは、商店街の日陰を見る。建築。気温。高齢者。ベンチ。教科には分けない。

カイは、父親を見る。土曜日。パソコンを開いていない。何もしていない。

十一人は、互いの名前を知らなかった。会ったこともない。これから会うかどうかもわからない。同じ仕事に就くわけでもない。同じことだけはしていた。世界を、少しだけ長く見る。

NOT YETの画面には、その日も、新しい観察が届いていた。

うちの近所から公衆電話がまた一つなくなった。 最近、母がスーパーに行かなくなった。 学校の廊下で、一人で昼ごはんを食べている人がいる。 夏なのに蚊を見ない。 AIに相談する方が、友達に相談するより楽なときがある。 駅前に同じ種類の店ばかり増えている。 父が昔の写真をよく見るようになった。

どれも、まだ何でもなかった。ニュースではない。研究でもない。仕事でもない。ただの、小さな観察。

画面の一番下には、いつもの言葉があった。

NOT YET

空欄が一つ、残っていた。

将来の職業:

誰も、急いで埋めなかった。その下の欄には、たくさんの言葉が書かれていた。

今、気になっていること:

12人の物語を読んだあとで、今度は、あなたの「なんとなく気になること」から、まだ名前のない未来を探してみる。

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