04

おばあちゃんとAI

AIに届かない言葉

ナオの祖母は、AIが嫌いだった。正確には、「嫌い」とは言わなかった。「ようわからん」と言った。

ナオの家では、夕食のあと、ときどき祖母から電話がかかってきた。 「この前送ってくれた写真、どこにあるの」 「アルバム」 「アルバムってどこ」 「写真のアプリ」 「花のマーク?」 「違う。カラフルなやつ」 「カラフルなんていっぱいあるがね」 こういう会話が、だいたい十分くらい続いた。父親は途中から「今度行ったときやるよ」と言った。母親は「おばあちゃん、またわからなくなっちゃったの?」と笑った。祖母も「歳とるとだめだわ」と言って笑った。ナオは、その言い方が少し嫌だった。

祖母は、機械が苦手というわけではなかった。昔は銀行で働いていた。家計簿は今でもきっちりつける。テレビの録画もできる。電子レンジも炊飯器も使う。スマートフォンだって、電話とメッセージくらいなら普通に使っていた。新しく何かが増えるたび、少しずつわからないことが増えた。

ある日、祖母が言った。 「AIっていうの、あれ何でも教えてくれるんだって?」 「だいたい」 「じゃあ私にも使える?」 「使えるよ」 「どうやって?」 「聞けばいい」 「誰に?」 「AIに」 祖母は眉をひそめた。 「だから、そのAIはどこにおるの」 ナオは笑いそうになった。笑わなかった。

次の日曜日、家族で祖母の家へ行った。ナオは祖母のスマートフォンにAIのアプリを入れた。 「ここ押して」 「これ?」 「そう」 「で?」 「何でも聞いて」 祖母は画面を見た。しばらく何も言わなかった。 「何聞けばいいの」 「何でもいいよ」 「何でもが一番困る」 たしかに、と思った。 「じゃあ、今日の夕飯何にしたらいいか聞けば」

祖母は入力しようとした。文字が小さい。何度か打ち直した。ようやく送った。

今日の夕飯は何がいいですか

AIは、いくつか料理を提案した。祖母は読んだ。 「これ、私が何持っとるか知らんじゃない」 「じゃあ、冷蔵庫にあるもの書けばいい」 「全部?」 「だいたい」 「めんどくさいねえ」 「じゃあ写真撮れば」 「冷蔵庫を?」 「うん」 祖母は冷蔵庫を開けた。写真を撮る。送る。AIが、冷蔵庫にある食材を使った献立を提案した。祖母は少し驚いた。 「へえ」 「便利でしょ」 祖母は画面を見ながら言った。 「でも、これ、白菜古いってわからんでしょ」 ナオは黙った。 「あと、この豆腐は今日までなんだわ」 「それ書けばいいじゃん」 「だから、全部書くんでしょ?」 「まあ」 祖母は笑った。 「私、あんたに聞いた方が早いわ」

そのあとも、祖母はいくつか質問した。病院へ行くバスの時間。洗濯物が乾くか。古い写真をどう保存すればいいか。AIはそのたびに答えた。ときどき祖母は変な顔をした。 「これ、さっきと違うこと言っとらん?」 「質問が違うからじゃない?」 「同じこと聞いたつもりなんだけど」 「聞き方で変わることあるよ」 「聞き方?」 「うん」 「じゃあ正しい聞き方を知らないと使えんの?」 「まあ……」 「それ難しいね」

帰りの車の中で、ナオはそのことを考えていた。

数日後、祖母からメッセージが来た。

AIにきいたけどわからん

その下にスクリーンショットがあった。役所から来た書類について、祖母は これはどうしたらいいですか と聞いていた。AIは、一般的な手続きについて長く説明していた。申請。対象者。必要書類。該当する場合。自治体によって異なる。ナオも途中で読むのが嫌になった。電話した。 「これ何がわからないの」 「結局、私が何すればいいの」 「書類見せて」 ビデオ通話にする。祖母が紙をカメラの前に出した。逆さまだった。 「反対」 「こう?」 「もうちょっと上」 「見える?」 「ぼやけてる」 二人でしばらく格闘した。ようやく読めた。ナオが説明すると、祖母は「ああ、それだけ?」と言った。 「うん」 「AIはなんでこんな長いの」 ナオは答えられなかった。

その夜、自分のスマートフォンで同じ書類について聞いてみた。

この通知を80歳の人にもわかるように、今日やることだけ教えて

AIはずっと短く答えた。同じAIだった。祖母が聞くと難しい。ナオが聞くと簡単になる。AIが賢いのなら、聞いている人が困っていることくらい、わかってくれてもいいのに、と思った。

翌週、学校で「10年後の社会」というテーマの授業があった。先生が聞いた。「AIがもっと広がったら、どんな仕事がなくなると思いますか」。レジ係。翻訳家。運転手。事務職。いろいろな答えが出た。ナオは手を挙げなかった。なくなる仕事より、わからない人が増えることの方が気になった。

その日の放課後、図書室のパソコンで調べものをしていたとき、NOT YET というサイトを見つけた。どこかで見たことがある気がした。クラスの誰かが話していたのかもしれない。

まだ名前のない未来を探す。

祖母のことを思い出した。始めてみた。

最近、「なんでこうなるんだろう」と思ったことは?

AIが、おばあちゃんには難しいこと

誰かが困っているとき、ついしてしまうことは?

その人の代わりに言い方を変える

書いてから、少し驚いた。母親が父親に説明しても伝わらないときも、先生の話が難しいときも、同じことをしていた。

あなたにはわかるのに、誰かにはわからないことを見たとき、どう思いますか?

その人が悪いとは思わない

未来の世界で減ってほしいものは?

すぐに入力した。

わからない人が恥ずかしくなること

七つの質問を終える。画面に 考えています。 と出た。少しして、最初のカードが現れた。

POSSIBLE WORLD 01

AIと人の間を通訳する

2044年。 AIは、病院、銀行、行政、学校、買い物、仕事、あらゆる場所にいる。AIは多くの言葉を理解する。でも、人間が言いたいことは、いつも整理されているとは限らない。「なんか不安」「これでいいの?」「よくわからない」「前と違う気がする」。そんな言葉を、AIが理解できる形に変える人が、必要になるかもしれない。そして、AIの答えを、その人に届く言葉へ戻します。

あなたは、人間とAIのあいだの通訳者 になるかもしれません。

この仕事には、まだ名前がありません。

ナオは、祖母の「結局、私が何すればいいの」を思い出した。次。

POSSIBLE WORLD 02

「わからない」を設計に戻す

2044年。 新しいサービスを作る会社には、高齢者、子ども、外国人、障害のある人、デジタル機器が苦手な人と、一緒にサービスを試す人がいるかもしれない。仕事は、使い方を教えることではない。誰かが使えなかったら、なぜその人に教えなければならない設計になったのか を考える。人を直すのではなく、仕組みの方を直します。

ナオは、ここで少し止まった。人を直すのではなく、仕組みを直す。祖母に何度も「そこ押して」「こう聞いて」と教えることとは、違っていた。三つ目。

POSSIBLE WORLD 03

人によって変わるAIをつくる

同じ説明が、全員にわかりやすいとは限らない。ある人には文章。ある人には絵。ある人には音声。ある人には、一つずつ質問すること。未来のAIは、人間がAIに合わせるのではなく、AIの方が、その人に合わせて変わる ものになるかもしれません。

あなたは、その人が何を知っているかではなく、どうすれば安心して理解できるかを考えます。

ナオは、三つとも保存した。一番下には、いつもの小さな文字があった。

これは職業診断ではありません。 あなたが気になっていることを、未来へ少しだけ伸ばした仮説です。

未来へのメモを書く欄に、おばあちゃんがAIに合わせなくてもいいようにする と書いた。

次の日曜日、また祖母の家へ行った。 「AI使っとる?」 「たまに」 「何聞いた?」 「昨日、膝が痛かったから聞いた」 ナオは少し心配になった。 「病院のことは、AIだけで決めない方がいいよ」 「わかっとる。でも、何科に行けばいいか聞いた」 「で?」 「整形外科って」 「それはまあ」 「そのあと長いこと説明しだしたから閉じた」 ナオは笑った。祖母も笑った。 「ねえ。ちょっと実験していい?」

祖母のスマートフォンを借りた。AIの設定を変えるわけではない。最初に、こう入力した。

この人は80歳です。難しい言葉を使わず、一度に一つだけ質問してください。必要なことがわからなければ、勝手に決めずに聞いてください。

それから祖母に渡した。 「話してみて」 祖母は音声入力を使った。 「膝が痛いんだけど、病院に行った方がいいかねえ」 AIが、まず、いつから痛いのか聞いた。祖母が答えた。次に、転んだかどうか聞いた。また答えた。一つずつだった。祖母はしばらく会話した。 「こっちの方がいいわ」 「ほんと?」 「うん。さっきより人みたい」

祖母が使えるようになったのは、祖母がAIを勉強したからではなかった。AIの方を、祖母に近づけただけだった。

帰る前、祖母が言った。 「ナオちゃん、こういうの得意だね」 「何が?」 「私の言いたいこと、機械に言うの」 「別に」 「仕事にしたら?」 ナオは笑った。 「そんな仕事ないよ」 「あら、ないの」 「たぶん」 「じゃあ、作ればいいがね」 祖母は、特にすごいことを言ったような顔もせず、お茶を飲んだ。

帰り道、ナオはスマートフォンを開いた。祖母とのやりとりを、メモに残した。

AIは、おばあちゃんより頭がいい。

少し考えて、その下に書いた。

でも、おばあちゃんのことを知らない。

さらに、一行。

賢いことと、わかってくれることは違う。

電車が駅に入ってきた。ナオはスマートフォンを閉じた。

12人の物語を読んだあとで、今度は、あなたの「なんとなく気になること」から、まだ名前のない未来を探してみる。

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