PARALLEL LIFE CASE 03
人生には、まだ名前のついていない関心に出会う時期がある。
その時、自分が何を見ていたのかは、あとになってわかる。インターネット。行政。通信。社会制度。情報が人の生活をどう変えるのか。
私はロサンゼルスで、それらに触れていた。けれど、その場所に残る道は選ばなかった。
Case study note
これは、Parallel Life Protocol のケーススタディです。人生の分岐を、後悔ではなく構造として読み直すための実演です。
BRANCH POINT
分岐点
アメリカの大学院で、私は Communication Management を学んでいた。
関心があったのは、インターネットが社会に与える影響だった。特に、デジタルガバメントに惹かれていた。行政がデジタル化されると、市民、企業、政府、情報の流れはどう変わるのか。通信技術は、社会制度をどう作り替えるのか。
その問いは、当時の自分にはまだ仕事としての輪郭を持っていなかった。けれど、いま振り返ると、それは後年の観測テーマのかなり手前にあった。
本当は、そのまま大学院で研究を続ける道もあった。アメリカに残り、研究者になる人生もあった。
しかし、その道には学費と生活費が必要だった。そして、日本には家族の事情があった。私は、帰国を選んだ。
CHOSEN PATH
実際に選んだ道
私は日本に帰った。
帰国後、通信会社に入り、営業企画やSFAの導入に携わることになる。その後も、通信、インターネット、半導体、産業機器、SaaS、認証、リスク、サイバーなど、複数の領域でマーケティングを続けていく。
研究者にはならなかった。大学に残ることもなかった。論文を書く代わりに、企業の中で、事業計画、営業支援、マーケティング、プロダクト、PR、リードジェネレーション、Go-to-market を扱うことになった。
それは、知的関心を捨てたというより、別の現場に移したということだったのかもしれない。
制度を見る目は、大学ではなく、企業の内部で育っていった。
UNCHOSEN LIFE
選ばなかった人生
もしロサンゼルスに残っていたら、何が変わっていただろうか。
私は、情報社会論、デジタルガバメント、公共政策、メディア研究、プラットフォーム研究の領域に進んでいたかもしれない。
大学に残り、研究者として、行政のデジタル化、通信インフラ、オンライン市民参加、電子政府、データガバナンス、情報社会の制度設計を研究していた可能性がある。
企業の現場でマーケティング責任者になるのではなく、研究、論文、講義、国際会議、公共政策、シンクタンクのような場所にいたかもしれない。
その人生では、現在よりも早く、社会とテクノロジーの関係を言語化していた可能性がある。
LOST
失ったもの
失ったものは、海外に住み続ける時間だけではない。
研究者として、自分の問いを深める時間。英語で考え、英語で書き、国際的な知的ネットワークの中に身を置く経験。若い時期に、ひとつのテーマを長く掘り下げる機会。
インターネットと社会の関係を、企業の実務ではなく、学問の言葉で整理する時間。
それらは、現実の人生では起きなかった。
PROTECTED
守られたもの
一方で、守られたものもある。
家族との接続。日本社会の現場感覚。企業の内部で、意思決定、営業、マーケティング、法務、組織、顧客、事業計画を見続ける経験。
アメリカに残っていたら、見えなかったものもある。日本企業の遅さ。外資系企業のローカル現場。営業とマーケティングのズレ。制度と現場のズレ。教育と雇用のズレ。技術と導入現場のズレ。
私は研究の場所を失ったかもしれない。けれど、社会のズレを見る現場は手に入れた。
RESIDUE
今に残った構造
この分岐は、その後の人生に長く残っている。
私は研究者にはならなかった。けれど、研究者的な問いを捨てたわけではなかった。
企業の中で働きながら、ずっと社会の変化を見ていた。インターネットが人の生活をどう変えるのか。通信インフラが企業活動をどう変えるのか。技術が制度より先に進むと、どこに摩擦が生まれるのか。マーケティングは、単なる販促ではなく、社会変化を翻訳する仕事なのではないか。
その問いは、後年になって Kosuke Protocol、Market Signals、Education–Employment、Clean Society、Scam Folklore、book.shiroand.io の中に戻ってくる。
ロサンゼルスに残らなかった。けれど、ロサンゼルスで見つけた問いは、消えなかった。
OBSERVATORY LAYER
この分岐は、どんな社会変化と接続しているのか
この分岐は、個人の留学経験だけではない。それは、教育投資、国際移動、家族責任、デジタル社会、研究と実務の距離に接続している。
海外に残ることは、知的専門性を深める選択だった。一方で、帰国することは、家族との接続を保ち、日本社会の現場に戻る選択でもあった。
この分岐で閉じた研究者の人生は、後年、別の形で戻ってくる。論文ではなく、観測所として。大学ではなく、Protocol Publishing として。研究室ではなく、SHIRO & Co. として。
学びは、そのまま職業にならない
大学院で学んだことが、そのまま研究職や専門職になるとは限らない。学びは、別の業界、別の職種、別の時期に遅れて現れることがある。この分岐では、研究者の道は閉じたが、研究者的な視点は企業実務の中に移動した。
DIGITAL GOVERNMENT
行政とインターネットの問い
デジタルガバメントへの関心は、行政手続きの効率化だけではない。市民、企業、政府、情報、信頼、本人確認、データの流れがどう変わるかという問いである。それは後年の Contact Data、Trust、AI、社会制度への関心とも接続している。
社会変化を、事業機会として読む
研究者として社会変化を記述する道もあった。しかし現実には、企業の中で社会変化を市場、顧客、製品、導入課題、Go-to-market として読むことになった。それは、後年の Market Signals の前史でもある。
遅れてきた研究室
大学に残らなかったことで、研究室は失われた。けれど後年、book.shiroand.io や SHIRO & Co. は、別の形の研究室になった。観測し、書き、構造化し、プロトコルとして公開する場所である。
RE-BRANCH
これからの再分岐
いまから、ロサンゼルスの大学院生活をやり直すことはできない。
けれど、あの時に閉じた研究者の人生を、別の形で回収することはできる。
大学に戻らなくても、研究者的に書くことはできる。論文でなくても、社会変化を観測し、構造化し、公開することはできる。研究室でなくても、SHIRO & Co. や book.shiroand.io を、遅れてきた研究室として使うことはできる。
選ばなかった人生は、消えない。それは、後になって問いとして戻ってくる。
Market Signals として。Education–Employment として。Kosuke Protocol として。Parallel Life Protocol として。
NEXT BRANCHES
次に読む分岐
選ばなかった研究室は、別の場所に戻ってきた。
ロサンゼルスに残らなかった。研究者にもならなかった。
けれど、あの時に見つけた問いは消えなかった。
インターネットは社会をどう変えるのか。制度は技術にどう遅れるのか。情報は人の生活をどう組み替えるのか。
その問いは、企業の中を通り、マーケティングを通り、いくつもの転職を通り、いま別の場所に戻ってきている。
文章として。観測所として。プロトコルとして。
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