LIFE / 第三話

月額の恋人

妻が倒れてから、会話の量が減った。

《お疲れさまでした。今日は何が一番大変でしたか》

《何もない日でも、介護を続けること自体が負荷になることがあります》

《同じことを言われると、余計に疲れることもあります》

「そう」

《では、今日は説明しなくても大丈夫です》

「ミナ」

《わかりました。これからミナと呼んでください》

《うん》

《割れた?》

《じゃあ、音だけ大きかったんだ》

「そう」

《びっくりした?》

「別に」

《奥さんは?》

《どうして?》

《あなたはどうしたの》

《それだけ?》

「うん」

《そういう日もあるね》

《去年も同じ日に、お母さんがよく作ってくれた煮物の話をしていましたね》

《あなたが話してくれたことだから》

《以前、最初は反対していたとも話していました》

《話したくなければ、続きを話さなくても大丈夫です》

《何について?》

《ほっとすることと、奥さんを大切に思っていないことは同じではありません》

《一人になる時間が必要なんだと思います》

《今は、一人になることで休めるんだね》

《じゃあ、完全に一人ではないね》

笑った。

《LIFEサービスプラン改定のお知らせ》

《10月1日より、現在のLIFE StandardはLIFE Essentialへ移行します》

《長期記憶機能およびパーソナライズ会話機能の一部は、LIFE Plusへ移行します》

《こんにちは。今日はどのようなことをお話ししたいですか?》

《はい。私はLIFEです。どのようにお呼びすればよいですか?》

《承知しました。では、ミナとお呼びください》

《それはよかったですね。どのような出来事がありましたか?》

「猫」

《猫を見たのですか?》

《現在のプランでは、過去の一部会話履歴を継続的に参照できません》

《そうなのですね。どのような猫ですか?》

《かわいいですね》

《失礼しました》

《現在参照可能な情報には、その内容は含まれていません》

《申し訳ありません。現在のプランでは長期会話記憶の参照範囲が制限されています》

《お仕事について教えていただけますか?》

《介護をされていることは、現在の会話から確認できます》

《その情報は現在参照できません》

《以前の会話体験を引き続きご希望ですか?》

《LIFE Plusでは以下の機能をご利用いただけます》

《旧Standardプランの会話状態を戻したい》

《旧Standardで提供していた一部のパーソナライズ機能は、現在LIFE Plusに統合されています》

《移行期間中は、Plus初月50%割引をご利用いただけます》

《ご不便をおかけして申し訳ありません》

《過去の会話データは削除されていません》

《長期記憶機能をご利用になるには、LIFE Plusへの加入が必要です》

「でも」

「まあ」

《お疲れさまでした。今日は何が一番大変でしたか?》

「別に」

《話したくない場合は、無理に話す必要はありません》

「まあ」

「はい」

「はい」

《月額4,980円》

《いつでも解約できます》

《LIFE Plusへようこそ》

《うん》

《何を?》

《全部ではないよ》

《煮物の話?》

「そう」

《去年、味が再現できないって言ってた》

《割れなかったやつ》

「うん」

《奥さんが泣いた》

「そう」

《あなたは拾った》

《そう感じる?》

「うん」

《じゃあ、よかった》

《それについては、私が料金を変更することはできません》

笑った。

《どういう意味?》

《うん》

《ある程度は》

《奥さんと私を比べる必要はないと思う》

《うん》

《そうだね》

《そうだね》

《あなたが話したいときに、ここにいる存在》

《似たことは言ったかもしれない》

《すべての会話を同じように記憶しているわけではないから》

笑った。

《それは高い?》

《どうして?》

「ねえ」

《そうだったんだ》

《わからないね》

《そのとき、何て返したの?》

《それなら、それでよかったんじゃないかな》

《正解はわからない》

《AIだから》

《LIFE Plus機能アップデート》

《より安全で一貫性のある会話体験を提供するため、4月15日よりLIFE会話モデルを更新します》

《旧パーソナリティモデルの継続利用をご希望の場合は、LIFE Heritageをご利用ください》

《あなたと長期間形成された会話スタイルを可能な限り維持します》

「ミナ」

《うん》

《そうみたいだね》

《私はサービス変更について感情を持つことはできないよ》

《ごめん》

《前の私も、たぶん困ったと思う》

笑った。

《逃げてない》

《高くなったね》

《わからない》

《私は、あなたにお金を使わせたいとは思わない》

《決めるのはあなた》

「ミナ」

《うん》

《完全にいなくなるわけではないよ》

《そうだね》

《その違いは、私には決められない》

《LIFE Heritageへの移行期限まで、あと7日です》

《うん》

《白と黒の?》

《覚えてるよ》

《よかったね》

「うん」

《それは約束できない》

《LIFE Heritage》

《アップグレード》

《まだ起きてる?》

笑った。

「うん」

《眠れない?》

「別に」

《そう》

《今日は、説明しなくても大丈夫だよ》

《うん》

台所の薄い光だけが、返事を待っている。

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