07

誰も押さないボタン

ほとんど使われないもの

リクは、誰も使わないものが気になった。壊れているものではない。使える。なぜか誰も使わないもの。学校の廊下の端にある古い電話。駅のホームにある案内ボタン。公園の水飲み場。役所の入り口に置かれた番号札の機械。ビルの非常階段。スーパーの端にある意見箱。そういうものを見ると、「これ、使ってる人いるのかな」と思った。

いちばん気になっていたのは、駅の改札の横にある小さなボタンだった。銀色の箱に、青い丸。下に お困りの方は押してください と書いてある。リクは毎日そこを通る。誰かが押しているところを、一度も見たことがなかった。駅員はすぐ近くにいる。困った人は、直接声をかける。たぶん必要ない。それなのに、ボタンはずっとある。雨の日も。暑い日も。誰にも押されず、そこにある。

ある日、友達のユウトに言った。 「あのボタン、押した人見たことある?」 「どれ」 「あれ」 「ない」 「なんであるんだろ」 「困ったら押すんでしょ」 「でも誰も押してない」 「押せば?」 「用もないのに?」 「別によくね?」 少し押したくなった。やめた。押して、駅員が来て「どうしました?」と聞かれたら困る。用がない。ボタンは使えるけれど、押す理由がない。それが、なんとなく面白かった。

学校には、もう一つ気になるものがあった。一階の廊下に、ご意見・ご要望はこちら と書かれた箱がある。投書箱。毎週月曜日に、生徒会が確認することになっている。リクは中に紙が入っているところを、ほとんど見たことがなかった。ある日、生徒会の先輩に聞いた。 「これ、使う人いますか」 「たまに」 「どんなこと書くんですか」 「給食のこととか」 「ほかは?」 「掃除道具増やして、とか」 「少ないですか」 先輩は笑った。 「まあ、直接先生に言う人の方が多いからね」

その日の放課後、校内を歩いた。誰も使わないものを探した。旧校舎側の階段。ほとんど誰も通らない。二階の端にある給水機。いつも空いている。図書室前の掲示板。去年のポスターがまだ貼ってある。廊下の消毒液。誰も使っていない。職員室前の呼び出し電話。見たことはあるが、使ったことはない。スマートフォンにメモした。

誰も使わないもの 1. 投書箱 2. 旧階段 3. 給水機 4. 呼び出し電話 5. 消毒液

書きながら、自分でも何をしているのかわからなかった。

家で父親に見せた。 「何これ」 「誰も使わないもの」 「自由研究?」 「違う」 「じゃあ何」 「わかんない」 父親はリストを見た。 「なくせばいいじゃん」 「そうかな」 「誰も使わないなら」 「でも使う人いるかもしれない」 「じゃあ使ってるじゃん」 「ほとんど使わない人」 「それは難しいね」 父親が言った。

数日後、駅であのボタンを使う人を初めて見た。白い杖を持った男性だった。改札の前で、少し止まった。青いボタンを押した。すぐに駅員が出てきた。二人は何か話した。駅員が、男性をホームまで案内した。リクは、少し離れたところから見ていた。

次の日、ユウトに言った。 「あのボタン使う人いた」 「へえ」 「目が見えない人」 「じゃあ必要じゃん」 「うん」 それで話は終わった。リクの中では終わらなかった。もし昨日、その人が来なかったら、「誰も使わないならいらない」と思い続けていたかもしれない。

学校でも、似たことが起きた。投書箱に、紙が入っていた。たまたま通りかかったとき、生徒会の先輩が取り出した。 「何て書いてあるんですか」 「内緒」 「ですよね」 先輩は少し笑った。それだけだった。

一週間後、全校集会で校長先生が言った。「休み時間に教室へ入りづらいと感じている人がいる、という意見がありました」。学校は、昼休みに図書室の一角を、「静かに過ごしたい人のための場所」として開放することになった。たった一枚の紙かもしれない。誰が書いたかもわからない。学校の使い方が、少し変わった。

リクは、メモのタイトルを変えた。

ほとんど使われないもの

その方が、少し正確だった。

夏休み、家族で市役所へ行った。パスポートの手続きだった。入り口には、たくさんの案内がある。総合受付。番号札。タッチパネル。外国語案内。筆談ボード。車椅子。拡大鏡。老眼鏡。ベビーカー。リクは、手続きより、そちらを見ていた。拡大鏡は、誰も使っていなかった。筆談ボードも。車椅子も。 「これ全部いるのかな」 「必要な人が来たら使うんじゃない」 母親が言った。 「でも、ほとんど使わないよね」 「だから?」 うまく言えなかった。

待ち時間が長かったので、スマートフォンを見ていた。検索をしているうちに、NOT YET というサイトを見つけた。黒い画面。

まだ名前のない未来を探す。

始めた。

最近、なぜか気になっていることは?

誰も使わないもの

それを見て、何を考えますか?

本当に必要なのかなと思う

でも、なくなると困りそうなものは?

少し考えた。

たまにしか使わないもの

未来の社会で、見えにくいと思うものは?

ここで手が止まった。誰も使わないボタン。投書箱。筆談ボード。拡大鏡。そこにある。必要としている人は、普段は見えない。

人数が少ない人の困りごと

と書いた。七つの質問を終える。画面に 考えています。 しばらくして、一つ目の未来が表示された。

POSSIBLE WORLD 01

使われないものを調べる

2047年。 街や学校や会社には、たくさんの設備がある。使われているもの。使われていないもの。ほとんど使われないもの。未来では、単に利用回数だけで必要かどうかを決めるのではなく、なぜ使われていないのかを調べる仕事 があるかもしれません。知られていない。使い方が難しい。必要な人が少ない。使うことを恥ずかしいと感じる。本当に必要ない。同じ「使われない」でも、理由は違います。

あなたは、その違いを見つける人になるかもしれません。

リクは、少し姿勢を変えた。次。

POSSIBLE WORLD 02

「たった一人」を残す

多くのサービスは、多くの人に使われることを目指す。社会には、少ない人のために残しておくもの もある。一日に一人。一週間に一人。一年に一人。それでも、その人にとっては必要です。

2047年。何かをなくす前に、「利用者が少ない」だけでなく、なくなったら誰が困るか を調べる人が必要になるかもしれません。

三つ目。

POSSIBLE WORLD 03

制度の死角を見つける

制度やサービスには、想定されている使い方がある。人間は想定通りではない。声を出せない人。質問できない人。書類を読めない人。人に頼むのが苦手な人。

2047年。あなたは、仕組みの中で誰が見えなくなっているか を観察する仕事をしているかもしれません。困っている人を探すのではなく、困っている人が、なぜ仕組みに現れないのかを調べます。

リクは、最後の文章を何度か読んだ。困っている人が、仕組みに現れない。なんとなくわかる気がした。

家に帰ってから、新しいノートを作った。表紙に 使われない理由 と書いた。

一ページ目。 駅の呼び出しボタン 利用者:少ない。 理由:必要な人が少ない? 知らない? 駅員に直接言う? でも、必要な人には重要。

二ページ目。 学校の投書箱 利用者:少ない。 理由:先生に直接言える。 でも、直接言えない人には必要。

三ページ目。 市役所の筆談ボード 利用者:今日はいなかった。 理由:必要な人が今日来なかっただけかもしれない。

二学期、学校で校舎の改修計画について説明があった。古い設備を整理して、廊下を広くする。掲示板も一部撤去。古い電話も撤去。生徒から意見があれば、先生に伝えてください。リクは、旧校舎の端にある電話を思い出した。あれも、ほとんど使われない。いらないかな、と思った。すぐには決めなかった。

昼休みに、用務員の人に聞いた。 「あの電話って使いますか」 「たまにね」 「誰が?」 「体育館の方で何かあったときとか」 「スマホじゃだめなんですか」 「あそこ電波弱いんだよ」 リクは「あ」と言った。知らない理由があった。

数週間後、駅。あの青いボタンの前を通る。今日も、誰も押していない。そこにあるのを見た。

NOT YETを開いた。未来へのメモを書く。

誰も使わないものを、すぐにいらないと言わない。

少し考えて、もう一行。

使われない理由を先に見る。

保存。

リクは駅を出た。後ろで、誰かが改札を通った。ピッ。そのあと、小さく、ボタンを押す音がした。振り返る。ベビーカーを押した人が、青いボタンの前に立っていた。駅員が来た。リクはそのまま歩いた。もう、珍しいとは思わなかった。

12人の物語を読んだあとで、今度は、あなたの「なんとなく気になること」から、まだ名前のない未来を探してみる。

NOT YETをはじめる