三人はいなくなっても、音の水脈は残る

.

.

Kosuke Shirako

YMOを聴くと、少し不思議な気持ちになる。懐かしい。でも、古くない。電子音なのに、どこか人間くさい。都市的なのに、どこか民俗的でもある。冷たいようで、妙に余白がある。

Yellow Magic Orchestra。この名前からして、すでにひとつの装置だったのだと思う。黄色。魔法。楽団。東洋。西洋。機械。身体。冗談。批評。ポップ。YMOは、ただのバンドではなかった。

もちろん、バンドだった。高橋幸宏がいて、坂本龍一がいて、細野晴臣がいた。三人の音があり、三人の佇まいがあり、三人の距離感があった。でも、それ以上にYMOは、日本人が世界と接続するための装置だったのではないかと思う。

欧米の音楽をただ真似するのではない。日本的なものを、そのまま伝統として出すのでもない。むしろ、自分たちが外からどう見られているかを、一度引き受ける。東洋趣味も、黄色人種という視線も、機械的な未来像も、観光的な異国感も、全部わかったうえで、少し笑いながら組み替える。そこがすごかった。

YMOには、いつも批評性がある。でも、それを難しい顔で出さない。音楽として踊れる。ポップとして聴ける。テレビにも出る。でも、内側では、かなり複雑なことをやっている。この軽さと深さの同居が、YMOの強さだった。

高橋幸宏。幸宏さんには、節度があった。ドラム、声、服、立ち姿。どれも派手に前へ出すぎない。でも、全体の空気を決めてしまう。あれだけ偉大なのに、騒がれ方がどこか静かだった人でもある。

ドラムは、時間を支える楽器だと思う。目立つこともできる。暴れることもできる。でも、幸宏さんのドラムには、整った時間があった。機械的なリズムの中に、人間の節度がある。声もそうだった。力で押さない。感情を大きく盛らない。でも、妙に切ない。軽いのに、深い。端正なのに、弱さが見える。

YMOの都市性には、幸宏さんの身体が必要だったのだと思う。服を着るように音を鳴らす。余計なことをしない。でも、何もしないわけではない。その佇まいが、音に出ていた。

坂本龍一。坂本さんは、知性と祈りの人だった。クラシック。現代音楽。映画音楽。電子音。環境音。政治的な発言。晩年の静けさ。坂本龍一という人は、ずっと世界に向かって開いていた。

YMOの中では、鋭い知性の担当だったのかもしれない。音を構造として捉える。和声や配置を考える。電子音をただ未来っぽいものとして使うのではなく、音そのものの質感として扱う。その一方で、晩年の坂本さんの音には、どんどん余白が増えていった。音数が減る。沈黙が増える。一音の重さが変わる。世界を変えるために大きな声を出すのではなく、限られた身体と時間の中で、まだ音を置く。そういう祈りのようなものがあった。

YMOの中にいた坂本龍一と、晩年の坂本龍一は、もちろん違う。でも、水脈はつながっている。電子音から、沈黙へ。都市から、余白へ。未来から、祈りへ。坂本さんの音は、世界との距離を測り続けていた。

細野晴臣。細野さんは、中心にいるのに、中心ぶらない人だと思う。はっぴいえんど。YMO。南方。民俗。アンビエント。エキゾチカ。映画音楽。生活の音。細野さんの中には、いつも複数の時間が流れている。都市の時間。島の時間。古い音楽の時間。未来の電子音の時間。冗談の時間。生活の時間。

YMOを考えるとき、細野さんの存在はとても大きい。細野さんがいたから、YMOは単なる未来派の電子音楽にならなかったのだと思う。そこには、民俗があった。南方があった。古いレコードの匂いがあった。冗談があった。人間の体温があった。電子音の中に、土や風や島の気配が混ざっていた。だからYMOは、冷たくなりすぎなかった。

機械の音なのに、どこか湿度がある。都市的なのに、どこか旅をしている。未来的なのに、どこか古い。そのねじれが、細野さんの水脈だと思う。

YMOの三人は、それぞれ違う方向を向いていた。幸宏さんは、都市と節度。坂本さんは、知性と祈り。細野さんは、民俗と余白。もちろん、そんなふうに簡単に分けられるわけではない。それぞれがもっと複雑で、もっと混ざっている。でも、三人が同じ場所にいたことで、YMOという奇妙な均衡が生まれた。

電子音。ポップ。ファッション。批評。ユーモア。世界戦略。日本語と英語。東洋と西洋。都市と民俗。そのすべてが、ひとつのバンドの中で鳴っていた。

YMOは、日本の音楽が世界へ出ていくときの、かなり特殊な形だった。「日本らしさ」を素朴に出したわけではない。むしろ、日本らしさがすでに外部から作られたイメージでもあることを知っていた。そのうえで、あえて演じる。あえて機械化する。あえて戯画化する。あえてポップにする。これは、かなり高度な編集だったと思う。

世界と接続するには、ただ本物の自分を出せばいいわけではない。ときには、自分がどう見られているかを一度受け入れ、その視線を組み替える必要がある。YMOは、それを音楽でやっていた。だから今聴いても、ただ懐かしいだけではない。むしろ、今のほうがわかることがある。

AI、グローバル化、ポップカルチャー、ジャパンイメージ、アジア、テクノロジー、身体。そういうものを考えるとき、YMOはまだ古びていない。むしろ、先にやっていた。人間と機械の関係。日本と世界の関係。本物と模倣の関係。伝統と未来の関係。笑いと批評の関係。YMOは、そこに音の形を与えていた。

そして今、三人が同じ場所に揃うことはもうない。幸宏さんはいない。坂本さんもいない。細野さんは現在も活動を続けている。新作や展覧会、ライブの情報が出ていること自体が、細野晴臣という水脈がまだ現在形で流れていることを示している。でも、YMOという三人の均衡は、もう現実のステージには戻らない。そのことは、やはり少し寂しい。

ただ、不思議なことに、音の水脈は残っている。幸宏さんの節度は、今もいろいろな音楽の中に残っている。坂本さんの余白と祈りも、残っている。細野さんの民俗と軽さも、残っている。YMOというバンドが終わっても、その後の音楽の中に流れているものがある。

Cornelius。Sketch Show。レイ・ハラカミ。yanokami。tofubeats。クラムボン。MONDO GROSSO。渋谷系以後の編集感覚。日本の電子音楽の静けさ。都市と余白を同時に鳴らす感覚。どこかに、YMOの水脈がある。

直接似ているということではない。もっと深いところで、音の扱い方、世界との距離の取り方、軽さの使い方、余白の置き方として残っている。水脈は、表面からは見えない。でも、ある場所でふっと湧く。ある曲の電子音に。ある声の乾きに。あるリズムの節度に。ある余白の置き方に。ある冗談の軽さに。YMOは、そういう地下水脈になったのだと思う。

バンドは終わる。人もいなくなる。時代も変わる。機材も変わる。音楽の聴かれ方も変わる。でも、水脈は残る。それは、作品が保存されているという意味だけではない。音楽が、別の身体を通って流れ続けるということだ。

YMOを聴いて育った人が、別の音を作る。YMOを知らない世代が、その影響を受けた音楽を聴く。海外のミュージシャンが、日本の電子音楽やシティポップを再発見する。AIが過去の音を学習する。誰かが古い映像を見つける。また別の文脈で聴かれる。音は、一直線には流れない。地下を通る。遠回りする。名前を変える。ジャンルを変える。別の身体に宿る。それでも、どこかでつながっている。

YMOを聴くことは、その水脈に耳を近づけることなのかもしれない。三人が同じ場所に揃うことは、もうない。でも、三人が作った音の接続は、まだ終わっていない。

電子音の中に、都市がある。都市の中に、民俗がある。民俗の中に、冗談がある。冗談の中に、批評がある。批評の中に、余白がある。その余白の中で、今も音が鳴っている。

YMOは、バンドである以上に、日本人が世界と接続するための装置だった。そして、その装置が開いた水脈は、三人が同じ場所にいなくなったあとも、まだ静かに流れている。


© SHIRO & Co.

First published: 2026-06-22