教会とクラブのあいだで、未来は鳴っていた

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.m-flo・VERBALとm-flo・VERBALと、境界に立つ人の音楽、境界に立つ人の音楽

Kosuke Shirako

m-floを、なぜよく聴いていたのか。

もちろん、音が好きだった。あの少し浮遊するようなビート。日本語と英語が自然に混ざる感じ。夜の都市を、車ではなく宇宙船で移動しているような感覚。でも、最近になって思う。自分が聴いていたのは、音楽だけではなかったのかもしれない。そこには、境界に立つ人の声があった。

VERBALさんについて調べていると、いくつかの断片が引っかかる。牧師になろうとしていたこと。哲学やマーケティングを学んでいたこと。ファッション、アート、テック、ビジネス、海外のカルチャーにも自然に接続していたこと。そして、m-floという音楽自体が、いつもどこか未来的な世界観をまとっていたこと。なるほど、と思った。だから自分は、m-floをよく聴いていたのかもしれない。

m-floの音楽には、単なる「おしゃれさ」や「都会的な洗練」だけでは説明できないものがある。クラブミュージックであり、J-POPであり、ヒップホップであり、R&Bであり、英語圏の空気もあり、日本の都市の湿度もある。そのどれか一つに分類しようとすると、すぐにこぼれる。でも、そのこぼれ方が気持ちよかった。

90年代から2000年代にかけて、日本の音楽にはいくつもの未来があった。小室哲哉の未来。渋谷系の未来。YMOから続く電子音の未来。宇多田ヒカルの未来。そして、m-floの未来。m-floの未来は、少し独特だった。それは巨大な機械都市の未来というより、いろいろな言語、身体、文化、声が、夜の空間で交差する未来だった。

宇宙的だけど、冷たくない。デジタルだけど、身体がある。グローバルだけど、日本の都市の匂いが残っている。商業音楽の中心にいながら、どこか制度の外側にもいる。この感覚は、VERBALさんの存在と深く関係しているように思う。

牧師になろうとしていた人が、クラブの音楽の中でラップしている。これは、よく考えると不思議なことだ。教会とクラブ。祈りとビート。信仰とポップカルチャー。言葉と身体。救済と享楽。普通なら分けられるものが、VERBALさんの声の中では、同じ場所に置かれている。

だから、彼のラップには、単なるパーティーの高揚だけではない、少し遠くを見る感じがある。目の前のフロアを盛り上げながら、その先にある別の世界を見ているような感覚。m-floの曲を聴いていると、時々、都市の夜が礼拝堂のように感じられることがある。もちろん、そこに宗教的な言葉が直接あるわけではない。でも、音の奥に、どこかで人と人をつなごうとする意志がある。それは、説教ではない。教義でもない。でも、接続の感覚がある。

m-flo loves... という仕組みも、今思うとかなり象徴的だった。固定されたバンドというより、中心に開かれた空間がある。そこに、いろいろな声が入ってくる。Crystal Kay、BoA、安室奈美恵、和田アキ子。ジャンルも世代も文脈も違う人たちが、m-floの空間に招き入れられる。これは、音楽の形式であると同時に、境界の設計でもあった。

中心に強い思想を置くのではなく、中心に余白を置く。そこに、異なる声を招く。そして、その声同士が、少しだけ違う未来を作る。この構造が、当時の自分にはただかっこよく聴こえていた。でも今は、もう少し違う見え方をしている。これは、境界に立つ人の音楽だったのだと思う。

日本語と英語のあいだ。日本と海外のあいだ。教会とクラブのあいだ。ビジネスとアートのあいだ。信仰とファッションのあいだ。J-POPとヒップホップのあいだ。過去と未来のあいだ。VERBALさんは、その境界を消してしまうのではなく、境界の上に立っていた。

境界を消す人ではない。境界を渡す人。境界を鳴らす人。そこが大事なのだと思う。境界をなくしてしまえば、すべては平らになる。でも、境界を残したまま、そのあいだに橋をかけると、そこには緊張感が残る。違うものが違うまま、同じ空間にいる。m-floの音楽には、その緊張感がある。

だから、今聴いても古びないのかもしれない。音の質感には時代がある。でも、その構造は古びにくい。むしろ、今の方がわかる。

AIが言葉を生成し、音楽を生成し、映像を生成する時代に、何が残るのか。それは、技術そのものではなく、どの境界に立っているのか、ということなのかもしれない。ただ音を作るだけなら、これからいくらでもできる。きれいな曲も、気持ちいいビートも、よくできた歌詞も、無限に出てくる。でも、その音がどの境界から鳴っているのかは、簡単には生成できない。

教会とクラブのあいだに立っていた人の音。日本語と英語のあいだを自然に移動していた人の音。未来を信じながら、都市の現実の中で鳴っていた音。それは、ただのスタイルではない。その人が、どのように世界を通過してきたかが、音に含まれている。

自分はm-floを聴きながら、未来を聴いていたのだと思う。でもそれは、テクノロジーだけの未来ではなかった。もっと人間くさい未来だった。いろいろな文化がぶつかる。言葉が混ざる。都市が光る。夜が少しだけ開く。知らない誰かの声が入ってくる。そして、そこに一瞬だけ、別の世界の入口ができる。その入口に、VERBALさんの声があった。

教会とクラブのあいだで、未来は鳴っていた。

そしてたぶん、自分はその音の中に、ずっと境界の感覚を聴いていた。


© SHIRO & Co.

First published: 2026-06-23