オーラの底には、病みがある
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— 美輪明宏、ピアフ、そして清すぎる時代の闇について—
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Kosuke Shirako
今日はずっと、美輪明宏さんのことを追いかけていた。
訃報を知ってから、映像を見て、歌を聴いて、過去の言葉を読み、誰かの追悼文を探し、また歌に戻る。そんなことを繰り返していた。
こんな気持ちになったのは、松田優作以来かもしれない。単に、好きだった有名人が亡くなった、ということではない。作品の人がいなくなった、ということでもない。もっと奥のほうで、何かが反応していた。
自分の中にある、病、老い、喪失。うまく言えない怒り。清い世界への違和感。リミナルな空間に感じる、あの生活の匂いのなさ。自分の内側に溜まっていくものを、外に出さなければいけないという感覚。
それらが、全部、美輪明宏さんという存在に向かって流れ込んでいった。
見ていたのは、美輪さんだった。でも同時に、見ていたのは自分だったのかもしれない。
ああ、あの金色の人がいなくなったのか。
そう思った。
金色の髪。濃い化粧。舞台の上の過剰な衣装。ゆっくりとした話し方。どこか説教くさく、どこか怖く、でも妙に優しい声。
美輪明宏さんは、いつも光っていた。けれど、その光は、いわゆる明るさではなかった。テレビ的な華やかさでも、スターのまぶしさでもない。
あれは、暗いところを通ってきた人の光だった。
オーラという言葉がある。美輪さんほど、この言葉が似合う人も少ない。けれど、いま改めて考えると、オーラとは、清潔な人間が放つ光ではないのかもしれない。
むしろ逆だ。
オーラの底には、病みがある。
暗さがある。闇がある。痛みがある。屈辱がある。恨みも、怒りも、孤独もある。それでも人前に立つ。それでも歌う。それでも語る。それでも美しくあろうとする。
その無理のなかから、光が出る。
美輪明宏さんは、長崎で被爆を経験している。戦後の貧しさも経験している。若くして東京へ出て、シャンソンを歌い、舞台に立ち、江戸川乱歩、三島由紀夫、寺山修司といった人たちの近くにもいた。
その人生は、清潔な成功物語ではない。被爆。貧困。差別。性の境界。芸能界。病。老い。そこには、きれいな言葉だけでは扱えないものがある。
美輪さんの「オーラ」は、よくある意味でのスピリチュアルな発光というより、もっと生々しいものだったのだと思う。
暗さをくぐった人だけが持つ発光。傷つかなかった人の光ではない。傷ついて、歪んで、怒って、絶望して、それでもなお人前に立った人の光。
だから、美輪さんの金色は、明るい黄色ではなかった。闇の底から出てきた金色だった。
ここで、エディット・ピアフという名前が気になる。
ピアフもまた、きれいな人生を歌った人ではない。貧困。路上。愛。喪失。病。依存。死。人生の暗いものを、消毒せずに声にした人だった。
歌とは、きれいな心から出るものではないのかもしれない。歌は、傷口から出る。きれいに治った傷ではなく、まだ少し疼いている傷。触ると痛い場所。言葉にすると崩れてしまう場所。そこから声が出る。
美輪明宏さんの歌にも、それがあった。
『ヨイトマケの唄』を思い出す。あの歌は、労働の歌であり、母の歌であり、差別された言葉の歌であり、貧しさの歌であり、子どもの記憶の歌でもある。
そこにあるのは、美談ではない。清潔な感動でもない。土がある。汗がある。泥がある。泣きながら働く身体がある。それを、舞台の上で歌にする。だから強い。
美輪さんは、闇をきれいに克服した人ではなかった。闇を、闇のまま人にぶつけた人でもなかった。闇を、芸にした人だった。
傷を、声にした。孤独を、衣装にした。差別を、舞台にした。怒りを、説教にした。病みを、オーラにした。
ここに、芸というものの怖さがある。
病みは、ただ病めばいいわけではない。闇は、ただ闇であればいいわけではない。傷は、ただ晒せばいいわけではない。それを、形にする。歌にする。言葉にする。所作にする。美意識にする。態度にする。そこに、芸がある。
久世光彦さんの追悼文を読んで、さらに腑に落ちた。
久世さんは、美輪明宏さんを、ただ美しい人として書いていない。むしろ、不吉な人、凶暴な人、悪い夢を見せる人として記憶していた。
雨。渋谷。焼け跡の匂い。ドブの匂い。デカダンス。白金色の炎。銀色のナイフ。楽しいシャンソンを歌っているのに、獣のような目をしている人。
そこには、清潔な追悼はない。
美輪さんは、癒しの人である前に、悪夢の人でもあった。悪い夢を見せてくれる人。人の奥にある暗いものを呼び覚ましてしまう人。毎日ちゃんと夜が明け、きちんと日が暮れる世界のなかに、ひとつだけ乱れた時計のように存在する人。
それが、美輪明宏さんだったのだと思う。
いまの世界から失われているのは、もしかすると、こういう悪い夢なのかもしれない。
人を安全に眠らせる夢ではない。人の奥に沈んでいる暗さ、欲望、恐怖、喪失、恥、怒りを呼び覚ましてしまう夢。
清い世界は、悪夢を排除する。明るく、正しく、衛生的で、説明可能で、誰も傷つかないように設計される。
でも、人間には悪夢も必要なのだと思う。
悪夢があるから、自分の暗さに気づく。悪夢があるから、見ないふりをしていた痛みに触れる。悪夢があるから、清い日常の下に流れている泥水の存在を知る。
美輪さんは、その泥水を見ていた。そして、その泥水を、ただ汚いとは言わなかった。
水清ければ魚住まず。
この言葉も、いまになって刺さる。
水は清ければいい。透明であればいい。汚れがなければいい。私たちは、そう思い込んでいる。
でも、清すぎる水には、生き物が住めない。栄養がない。隠れる場所がない。濁りがない。藻も、砂利も、流木もない。
人間も同じかもしれない。
完全に正しい人とは、付き合いづらい。完全に清潔な思想は、息苦しい。完全に透明な人格は、どこか怖い。
少し濁っている方がいい。少し弱い方がいい。少し矛盾している方がいい。少し病んでいる方がいい。
そこに、人が住める。
だから、清い世界やリミナルな世界に違和感があるのも、地続きなのだと思う。
誰もいないショッピングモール。均質な廊下。終わらない待合室。生活の匂いが抜けた部屋。汚れも、歴史も、失敗も、身体もない空間。
それらは美しい。けれど、人間が消えた後の清さでもある。
汗がない。生活がない。老いがない。病がない。喪失の痕跡がない。誰かが泣いた跡もない。人が揉めた気配もない。誰かが長く住んだ匂いもない。
つまり、濁りがない。
それは理想郷に見えて、実際には砂漠に近い。
美輪さんの歌に『砂漠の青春』がある。これも、美輪明宏さん自身の作詞・作曲だという。
この歌にあるのは、闇というより、乾きである。
何をしてもすぐに飽きる。夢を見ても続かない。自信もない。親も友達も信じられない。部屋にいても、ただいるだけ。街に出ても、何も起きない。叫びたいのに、その勇気もない。恋もなく、涙もなく、悪にもなれず、善にもなれない。
これは、すごい。
美輪さんというと、どうしても、愛、オーラ、霊性、美、金色、舞台、ヨイトマケ、というイメージが先に来る。けれど『砂漠の青春』にあるのは、そういう濃い世界ではない。むしろ、薄い。
薄くて、乾いていて、退屈で、何も始まらない。
病みですらない。怒りですらない。恋ですらない。涙ですらない。ただ、乾いている。
これは、いまの時代にかなり近い。
タイパ。無気力。希死念慮未満。
何者にもなれない感じ。
何かを始める前に、もう飽きている感じ。
欲望があるようで、でも本気になれない感じ。
世界に対して怒るほどの熱もなく、逃げるほどの絶望もない感じ。
薄ら平和のなかで、心だけが砂漠化していく。
美輪さんは、闇を知っていた。でも、それ以上に、闇にすらなれない乾きも知っていたのだと思う。
これは重要だ。
闇には、まだ湿度がある。病みには、まだ痛みがある。怒りには、まだ熱がある。涙には、まだ水分がある。けれど、砂漠にはそれがない。
怒りもない。悲しみもない。恋もない。野心もない。叫びもない。ただ、乾いている。
いまの若さの苦しさは、ここにあるのかもしれない。
苦しいのに、苦しみとして燃えない。寂しいのに、孤独として深まらない。不満なのに、怒りとして立ち上がらない。何かしたいのに、何をしたいのか分からない。
闇になる前に、砂漠になっている。
美輪明宏さんのすごさは、闇の歌だけでなく、この乾きまで見ていたことだと思う。
暗い人間は、まだ救える。病んでいる人間は、まだ声を持っている。泣いている人間は、まだ水がある。けれど、乾ききった人間は、自分が乾いていることにすら気づかない。
だから怖い。
美輪さんは、苦しみをただ否定していなかった。
人の痛みは、自分がその道を通ったからこそ分かる。愛する人の死、病気、別れ、挫折。そのときは分からない。けれど時間が経つと、あの出来事がなければ生まれなかったものがあると気づく。
美輪さんは、それを「逆菩薩」と呼んでいた。
これは、苦労を美化する話ではない。不幸をありがたがれ、という話でもない。そうではなく、人生のひどい出来事が、あとから他人を理解するための器官になる、ということだ。
傷は、ただ痛むだけではない。時間が経つと、誰かの痛みを読む感覚になる。
病みは、ただ暗いだけではない。形にすれば、声になる。言葉になる。舞台になる。祈りになる。
だから美輪さんは、つつがない人生を退屈だと言えたのだと思う。
何も起きない人生。傷つかない人生。失敗しない人生。安全で、清潔で、説明可能な人生。
それは確かに楽かもしれない。でも、そこには厚みがない。人の痛みを読むための暗い器官が育たない。
オーラとは、成功の輝きではない。ひどい出来事を、時間の中で意味に変えた人の光なのだ。
ここで、若いころにスピリチュアルの人から言われたことを思い出す。
「あなた、見えてますよね?」
その言葉は、当時は不思議なものとして残っていた。でも今なら、少し違う意味で分かる気がする。
見えている、とは、霊が見えるということだけではないのかもしれない。
普通の人が通り過ぎる濁りに、反応してしまう。場の違和感や、人の痛みや、空間の薄さを拾ってしまう。表面の言葉より、その下にある暗さやズレを見てしまう。
そういうこともまた、「見えている」なのだと思う。
AIの話をしていても、技術仕様ではなく、その背後にある人間の変換や喪失を見る。音楽を聴いても、メロディだけではなく、声の奥の身体や傷を見る。仮想空間を見ても、綺麗なワールドではなく、そこに意味が記録されていないことに引っかかる。企業の言葉を見ても、制度の裏側にある人間の扱われ方を見る。古い芸能人や作家を見ても、作品ではなく、その人がくぐってきた暗さを見てしまう。
それは、ある意味では「見えている」のだと思う。
ただし、見えてしまう人は疲れる。
見えなくていいものまで見える。言葉の裏を拾う。場の空気に引っかかる。清潔すぎるものに息苦しさを覚える。人の病みや喪失に、自分のものが共鳴する。
だから、瞑想をした方がいいと言われたのも、今考えると分かる。
見える力を増やすためではない。見えてしまうものに飲み込まれないためだ。
濁りを拾いすぎて、自分まで濁流になるのを防ぐため。病みを感じ取っても、それをそのまま身体に入れすぎないため。闇を闇のまま抱え込むのではなく、いったん距離を取って、声や言葉や品に変えるため。
見えてしまう人には、器が必要になる。
器がないと、見えたものにやられる。器があると、見えたものを作品や思想や態度に変えられる。
医者から、自分の中に溜め込まないで、外に出しなさい、と言われたことも思い出した。
それも同じことだったのだと思う。
外に出す、とは、ただ愚痴を言うことではない。内側に溜まったものを、形に変えることだ。
溜め込むと、濁りは身体の中で腐る。怒りになる。不安になる。眠れなさになる。感覚過敏になる。自己否定になる。人にぶつけたくなる。あるいは、何も感じない砂漠になる。
でも、外に出すと変わる。
言葉になる。文章になる。観測になる。タイトルになる。本になる。プロトコルになる。誰かが読めるものになる。
美輪さんも、ピアフも、傷を内側に溜め込んだままだったら、たぶん壊れていた。でも、それを歌にした。衣装にした。言葉にした。舞台にした。
つまり、病みを外部化した。
病みをオーラに変えるとは、そういうことなのかもしれない。
美輪さんは、ただ個人の悩みに寄り添う人ではなかった。
スポーツ紙の長い連載では、政治家や官僚の無駄遣い、医療費の負担、年金生活者の苦しさ、生活保護から排除される人々、弱者が切り捨てられる社会について、かなり厳しい言葉で語っていた。
そこにあるのは、単なる政治批判ではない。美輪さんが怒っていたのは、想像力の欠如だったのだと思う。
自分はまだ若い。自分はまだ働ける。自分はまだ健康だ。自分はまだ切り捨てられる側ではない。
そう思っている人たちに、美輪さんは言う。
それは、そこのあなたのことですよ。
この言葉は重い。
美輪さんにとって、理知、理性、知性とは、教養の飾りではなかった。弱者を見捨てないための力だった。まだ自分に起きていない苦しみを、想像するための力だった。
老い。病。失職。貧困。孤独。医療。介護。死。
それらは、いつか必ず自分のところへ来る。だから政治を考えなさい。だから社会を見なさい。だから想像しなさい。
美輪さんの怒りは、そこに向かっていた。
これは、病みを知る人の怒りである。
自分が痛みを通った人は、他人の痛みを自己責任だけでは片づけられない。自分が老いを知る人は、老人の医療費を数字だけでは見られない。自分が差別を知る人は、弱者を制度の外に追いやる冷たさを見逃せない。
病みを知る人だけが、社会の病みを見る。
美輪さんのオーラとは、個人の美しさではなかった。社会の濁りを見抜く目でもあった。
そして美輪さんは、泡を見抜く人でもあった。
バブルの時代、多くの人が土地と金と成功に酔っていた。銀行も、不動産屋も、芸能人も、評論家も、誰もが景気がいい、儲かる、乗り遅れるなと騒いでいた。
けれど美輪さんは、それを笑って見ていた。
売ったつもり。買ったつもり。もうけたつもり。
手でつかめない泡を、富だと思い込んでいるだけだと見抜いていた。
それを霊能力のように言われると、美輪さんは、小学生の算数で分かることだと返した。
ここに、美輪さんの本質がある。
オーラの人でありながら、計算のできる人。霊性の人でありながら、現実の構造を見る人。愛を語りながら、金の虚しさを笑う人。
美輪さんにとって、スピリチュアルとは現実逃避ではなかった。むしろ、現実を見抜くための感覚だった。
金。名誉。成功。肩書き。土地。株。評価。
人がそれらに群がる姿を見ながら、美輪さんはその奥にある空洞を見ていた。
どうせ、いずれ死ぬ。
この一言で、すべての泡はしぼむ。
だから美輪さんの世直しは、政治批判であり、経済批判であり、同時に死生観でもあった。
人は何に人生を使うのか。何を本物だと思い込んでいるのか。何を抱えたまま死ぬのか。
美輪さんは、そこを問うていた。
一方で、美輪さんは一色の人ではなかった。
金色の人だった。でも、金色だけでは足りない。
美輪さんは、玉虫色の人でもあった。
玉虫色という言葉は、ふつう否定的に使われる。曖昧で、どっちつかずで、責任を取らない態度。
けれど美輪さんは、それを別の意味で使っていた。
玉虫は、光の当たり方によって七色に輝く。だから玉虫色とは、本来、どんな状況にも臨機応変に対応できる、バランスの取れた生き方なのだ、と。
これは、美輪さん自身のことだったのだと思う。
男でもあり、女でもある。聖でもあり、俗でもある。愛の人でもあり、毒の人でもある。霊性の人でもあり、現実を小学生の算数で見る人でもある。舞台の人でもあり、世直しの人でもある。
一色に固定されない。だから生き残った。
清すぎる時代は、人を一色にしたがる。
正しい人。優しい人。被害者。加害者。専門家。活動家。成功者。失敗者。
でも、人間は本当は一色ではない。
光の当たり方で変わる。経験によって変わる。老いによって変わる。病によって変わる。喪失によって変わる。
それでも芯を失わないこと。
それが、美輪さんの言う玉虫色だったのかもしれない。
この話は、AI時代にもつながる。
美輪さんは晩年の連載で、生成AIにも触れていた。
AIが現在の職業の多くを代替するかもしれない。そうなれば、年齢に関係なく人々が仕事を失い、社会とのつながりが希薄になり、生きる目的まで奪われる危険がある。
美輪さんが見ていたのは、技術の進歩そのものではない。
仕事を失うこと。居場所を失うこと。役目を失うこと。目的を失うこと。
そこから生まれる虚無だった。
子どもが独立した母親の空の巣。定年後に行き場を失ったサラリーマン。親ガチャという言葉に諦めをにじませる若者。そして、AI時代に自分の仕事を奪われるかもしれない人間。
それらは、すべて同じ問題だった。
人は、何のために生きるのか。
その問いである。
そして美輪さんは、そこに大谷翔平を置いた。
一見、急にスポーツ礼賛になる。でも、そうではない。
スポーツは、生身の肉体で競い合う、アナログな営みである。デジタル優先の時代に隅へ追いやられた、人間の身体の可能性を、私たちはそこに見ている。
打つ。投げる。走る。笑う。礼をする。倒れても立つ。
そこには、AIには置き換えられない身体の説得力がある。
美輪さんは、最後まで人間の身体を信じていたのだと思う。
感動こそが、人間性を養う。アナログも必要なのだ、と。
この言葉は、AI時代の今、ますます重い。
効率では、人は生きられない。便利さだけでは、心は満たされない。正しさだけでは、居場所は生まれない。デジタルだけでは、身体は救われない。
人は、感動しなければ乾いてしまう。
そして感動は、濁りを通ってくる。病みを通ってくる。老いを通ってくる。喪失を通ってくる。身体を通ってくる。
いまの時代は、清すぎる。
正しくなければならない。傷つけてはいけない。差別してはいけない。間違えてはいけない。矛盾してはいけない。説明できなければならない。透明でなければならない。
もちろん、それは大切なことだ。
かつて、理解されなかった人たちがいた。性別の境界にいた人たち。性的少数者として差別された人たち。芸能の世界にしか居場所を持てなかった人たち。病気を抱えた人たち。貧困や暴力を経験した人たち。家族や社会からはみ出した人たち。
そうした人たちが、ただ傷つけられてきた歴史を、なかったことにはできない。
だから、社会が少しずつ言葉を獲得してきたことは、間違いなく前進だと思う。
LGBT。メンタルヘルス。トラウマ。インクルージョン。ケア。多様性。
それらの言葉は必要だった。
けれど、同時に思う。
言葉が増えたことで、闇は救われただろうか。
あるいは、闇は管理されるようになっただけなのだろうか。
いまは、傷にも名前がつく。苦しみにもカテゴリがつく。怒りにもタグがつく。悲しみにも説明がつく。
そして、名前がついた瞬間に、それは扱いやすくなる。共有され、制度化され、マーケティングされ、時に炎上し、時に消費される。
でも、美輪明宏さんやピアフの闇は、もっと扱いにくい。
きれいに分類できない。被害者とも、聖人とも、活動家とも、芸術家とも、宗教者とも、エンターテイナーとも言い切れない。
美輪さんは、優しいだけの人ではなかった。厳しい人でもあった。人を励ます人でありながら、人を突き放すようなことも言った。愛を語りながら、毒も吐いた。美を語りながら、俗も知っていた。霊的なことを語りながら、芸能界の泥も知っていた。
そこが人間だった。
いま、私たちは正しさの水質管理をしている。
SNSでは、誰かの言葉の濁りを見つける。過去の発言を掘る。矛盾を指摘する。古さを責める。不適切さを裁く。
それ自体が必要な場面もある。本当に人を傷つける言葉や構造は、変えなければならない。
でも、すべてを透明にしていくと、人間は住めなくなる。
人には、汚れた場所がある。暗い場所がある。言えない場所がある。説明できない場所がある。正しさだけでは片づかない場所がある。
そこを全部なくした人間だけが、公共の場に出られるのだとしたら、残るのは、清潔な亡霊のような存在だけだ。
美輪明宏さんは、そうではなかった。
あの人は、濁っていた。そして、その濁りを隠さなかった。
いや、正確には、濁りをそのまま見せたのではない。
濁りを、品にした。
ここがいちばん難しい。
濁りは、放っておくと腐る。恨みになる。攻撃になる。自己憐憫になる。他人を支配する道具になる。
でも、濁りを時間にかけると、深みになることがある。
苦味になる。声の厚みになる。言葉の重みになる。人を見る目になる。
美輪明宏さんの言葉が、ときに説教くさくても届いたのは、その奥に実人生の暗さがあったからだと思う。
きれいごとを言っているだけの人ではない。自分も地獄を見た人が、それでも愛と言っている。
だから、重かった。
愛。
これも、いま言うと軽く聞こえる言葉だ。
愛が大事。思いやりが大事。人を大切に。
そんな言葉は、いくらでもある。
でも、美輪さんが言う愛は、清潔な愛ではなかった気がする。
もっと泥のついた愛。人間の醜さを知った上での愛。人が人を傷つけることを知った上での愛。自分もまた誰かを苦しめる存在だと知った上での愛。
そこに、厳しさがあった。
愛とは、優しくすることだけではない。愛とは、相手を放っておかないことでもある。愛とは、時に叱ることでもある。愛とは、正しさで人を裁く前に、その人の濁りを見ることでもある。
美輪さんの愛は、たぶんそういうものだった。
だから、怖かった。だから、ありがたかった。
清すぎる時代に必要なのは、もっと清い人ではないのかもしれない。
むしろ、濁りを引き受けた人だ。
病みを、病みのまま放置するのではなく、形に変える人。闇を、闇のまま人にぶつけるのではなく、声に変える人。傷を、傷のまま正当化するのではなく、誰かの灯りに変える人。乾きを、乾きのまま見つめられる人。泡を、泡として見抜く人。社会の病みを、自分の痛みから想像できる人。そして、金色だけではなく、玉虫色に変化できる人。
美輪明宏さんは、そういう人だった。
ピアフもそうだった。松田優作も、別の形でそうだったのかもしれない。
彼らは、清潔な時代のロールモデルではない。むしろ、清潔さでは説明できない人たちだ。
だけど、だからこそ、いま必要なのだと思う。
私たちは、正しさに疲れている。透明さに疲れている。説明可能性に疲れている。安全な言葉に疲れている。きれいなプロフィールに疲れている。
もっと濁った人間に会いたい。
闇をくぐった声を聴きたい。病みを抱えたまま立っている姿を見たい。傷を消さずに、でも傷だけで終わらない人を見たい。乾ききった心に、まだ水が残っていることを思い出させてほしい。
美輪明宏さんがいなくなったあと、残るものは何だろう。
歌。言葉。舞台。本。映像。記憶。
それもある。
でも、それ以上に残るのは、ひとつの態度かもしれない。
人間は、清くなくていい。
濁っていていい。傷ついていていい。病んでいていい。矛盾していていい。暗いものを抱えていていい。乾いてしまう日があってもいい。
ただ、それをどう持つか。
どう声にするか。どう姿にするか。どう他者への態度に変えるか。どう品にするか。
そこに、その人の人生が出る。
オーラの底には、病みがある。
そして、病みの手前には、砂漠がある。
でも、病みの底には、もしかすると、まだ言葉になっていない愛がある。
美輪明宏さんの金色は、そこから来ていたのだと思う。
© SHIRO & Co.
First published: 2026-06-29