まだ始まったばかりと、大人になってから言う
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.m-flo・VERBALとm-flo・VERBALと、境界に立つ人の音楽、境界に立つ人の音楽
Kosuke Shirako
「まだ始まったばかり」と言うのは、若い人の特権のように思える。これから何者にでもなれる。未来は開けている。選択肢はたくさんある。失敗してもやり直せる。人生はまだ長い。そういう意味での「始まり」は、たしかに若さと相性がいい。
でも、大人になってから聴く「We've Only Just Begun」は、少し違って聞こえる。それは、無邪気な希望ではない。たくさん終わったあとで言う、始まりだ。
いくつかの仕事が終わった。いくつかの関係が変わった。いくつかの夢は、もう戻らない。若い頃に思っていた未来とは、だいぶ違う場所に来てしまった。身体も変わった。家族も変わった。街も変わった。音楽の聴き方も変わった。もう始まったばかりではない。普通に考えれば、そうだ。
人生の前半ではなく、後半に入っている。新しいことを始めるにも、時間や体力や責任の制約がある。何も知らないまま走り出せた頃とは違う。それでも、そこで「まだ始まったばかり」と言うことには、若い頃とは別の強さがある。
白鳥マイカの「We've Only Just Begun」を聴くと、その静かな強さを感じる。大げさな再起ではない。劇的な復活でもない。人生の逆転劇でもない。もっと小さい。
朝、もう一度起きる。机に向かう。少しだけ書く。少しだけ歩く。また音楽を聴く。誰かと話す。今日の分だけ、始める。そういう再出発。
大人の始まり直しは、若さの始まりとは違う。若い頃の始まりは、未知へ向かう勢いだった。でも、大人になってからの始まりは、終わりを知っている。続かなかったものを知っている。壊れたものを知っている。失ったものを知っている。期待しすぎると疲れることも知っている。人間がそんなに簡単には変われないことも知っている。それでも、始める。だから、静かになる。
声高に希望を語らない。夢を叫ばない。必ずうまくいくとも言わない。ただ、まだ始まったばかりだと、小さく置く。この「小さく置く」感じが、大人には必要なのだと思う。
若い頃の希望は、未来へ向かって投げられる。でも、大人の希望は、生活の中に置かれる。台所。机。本棚。散歩道。古いノート。朝のコーヒー。少し疲れた身体。それでも開くパソコン。読みかけの本。聴き直した曲。大きな舞台ではなく、生活の中で始まる。
「We've Only Just Begun」という言葉は、本来、とても明るい言葉だ。始まったばかり。これから先がある。まだ何も終わっていない。でも、大人になってからこの言葉を聴くと、そこに少し影が入る。本当は、いくつも終わっている。終わったものをなかったことにはできない。失ったものも戻らない。過ぎた時間も返ってこない。だからこそ、この言葉は強くなる。
まだ始まったばかり。それは、過去を否定する言葉ではない。むしろ、過去を全部連れて言う言葉だ。
終わったもの。消えたもの。失敗したもの。諦めたもの。もう会えない人。戻れない場所。変わってしまった自分。それらを背後に持ったまま、それでも言う。まだ始まったばかり。
この言葉には、少し無理がある。でも、その無理がいい。人は、完全に前向きになれるわけではない。過去をきれいに整理できるわけでもない。すべてを意味に変えられるわけでもない。それでも、今日を始めることはできる。完全な希望ではなく、仮の希望。仮置きの始まり。大人の再出発には、そのくらいのサイズが合っている。
白鳥マイカの声には、そこに合う静けさがある。強く押し出すのではなく、少し遠くから届く。明るいのに、まぶしすぎない。希望を歌っているのに、無理に励まさない。その距離がいい。
大人になると、励ましが少し苦手になることがある。まだまだこれから。人生はいつでもやり直せる。年齢なんて関係ない。挑戦し続けよう。そういう言葉は、正しいのかもしれない。でも、正しすぎて疲れることがある。
本当は、年齢は関係ある。体力も関係ある。家族も、仕事も、お金も、健康も関係ある。時間は有限だ。だから、何も考えずに「これからだ」とは言えない。それでも、「まだ始まったばかり」と言う。この矛盾を抱えた言葉が、大人には必要なのだと思う。
始まり直すとは、若返ることではない。過去を消して、新しい自分になることでもない。むしろ、変われなかった自分を知ったまま、もう一度動くことだ。同じ癖がある。同じ弱さがある。同じ不安がある。同じ後悔もある。でも、少しだけ別の方向へ歩いてみる。大きく変わらなくてもいい。少しだけ始める。その小ささが、逆に信頼できる。
音楽も、そういう始まりを支えてくれることがある。何かを決断させるというより、今日の空気を少し変える。重かった身体を、少しだけ起こす。終わったものばかりに向いていた視線を、少しだけ前へずらす。「We've Only Just Begun」は、そういう曲として聴こえる。
若さの希望ではない。大人になってからの静かな再出発。
たくさん終わった。いくつか失った。戻らないものもある。でも、それでも、まだ始まったばかりと言ってみる。言い切れなくてもいい。半分だけ信じる。半分は疑っている。それでも、言葉にしてみる。たぶん、始まり直しは、そのくらい曖昧でいい。
人生の後半には、派手なスタートラインはない。入学式もない。新卒の初出社もない。若い頃のような、わかりやすい門出も少ない。でも、誰にも見えない始まりはある。
ある朝、もう一度書こうと思う。ある夜、また音楽を聴き直す。ある日、ずっと放っておいたものに手をつける。もう終わったと思っていたことが、少しだけ別の形で戻ってくる。それは、外から見ると小さい。でも、本人にとっては大きい。
「まだ始まったばかり」と大人になってから言うこと。それは、無邪気な希望ではない。失ったものを知ったうえで、それでも今日を始めるための、小さな技術なのだと思う。
終わりを知っている人の始まり。それは、若さよりも静かで、少しだけ深い。
© SHIRO & Co.
First published: 2026-07-07