完成図のない標準化は、現場を疲弊させる
標準化という言葉は、きれいに聞こえる。ばらばらだった仕組みをそろえ、重複を減らし、コストを下げ、連携しやすくする。それ自体は間違っていない。自治体システムの標準化も、もともとは人的・財政的な負担を減らすためのものだったはずだ。
けれど、標準化は、完成図がなければ現場を疲弊させる。
国が方針を出す。自治体が対応する。ベンダーが実装する。期限が決まる。仕様が変わる。また現場が調整する。その繰り返しの中で、誰も全体像を持てなくなる。
問題は、自治体がデジタル化に遅れていることではない。職員が変化に弱いことでも、ベンダーが頑張っていないことでもない。むしろ、それぞれの現場は、与えられた条件の中で動こうとしている。
しかし、完成図のないプロジェクトでは、努力そのものが現場に積み上がってしまう。
仕様書はある。期限もある。移行方針もある。でも、何をもって完成とするのか。どこまで標準化し、どこから地域ごとの運用を残すのか。データは誰が管理し、どのルールで連携するのか。移行後に不具合が出たとき、誰が判断するのか。
そのDecision Stackが見えない。だから、現場にはしわ寄せだけが届く。
自治体職員は住民サービスを止めないために調整する。ITベンダーは変わる仕様に追われる。エンジニアは不足する。予算は膨らむ。住民は、その裏側を知らないまま、ある日サービスの不便に直面するかもしれない。
標準化が進めば、自治体は自由になるはずだった。けれど、設計を間違えれば、標準化は新しい依存を生む。特定の事業者に頼らざるを得ない。移行後も高い費用を払い続ける。自治体が自分たちのシステムを理解できなくなる。住民生活に関わる基盤なのに、主権がどこにあるのか分からなくなる。
ここで必要なのは、さらに大きなDX計画ではない。
Public System Transition Protocol——公共システム移行プロトコル。
何を標準化するのか。何を自治体ごとに残すのか。どの仕様は変更してよく、どの仕様は凍結すべきなのか。移行の失敗を誰が検知するのか。どの段階で止めるのか。ベンダー依存をどう防ぐのか。住民への説明責任を誰が持つのか。
こうした判断は、技術仕様の外側にある。でも、そこを設計しないまま技術だけを進めると、公共システムは静かに現場を削っていく。
Trust OSの視点で見れば、これは単なる自治体DXの失敗ではない。信頼される公共システムには、コードだけでなく判断の順番が必要である。仕様だけでなく、責任の置き場所が必要である。クラウド移行だけでなく、主権を失わないための設計が必要である。
だから、急いで製品化しない方がいい。早く仕組みにすると、また自治体DX支援サービスになる。移行管理ダッシュボードになる。標準化対応コンサルになる。もちろん、それらも必要ではある。でも、それだけでは足りない。
本当に必要なのは、自治体を移行させることではない。住民生活を支えるシステムを、誰が理解し、誰が判断し、誰が止められるのかを設計することである。
市場は、たぶんその後に生まれる。いまはまだ、HOLDでいい。
まずは、標準化という言葉の下で、どの判断が現場に押し流されていたのかを聞くことから始めればいい。
完成図のない移行は、効率化ではなく、信頼の消耗になる。
SHIRO & Co.
Published - 20260702