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まだ、ない仕事

人が少しだけ立ち止まる場所

十三歳の春、先生が紙を配った。上に「将来なりたい職業」と印刷してある。

隣の男は、五秒で書き始めた。クラス全体が、鉛筆の音だけになった。

僕は持て余した。

興味がないわけじゃない。気になることは、毎日あった。

駅のホームで、電車が入る前に鳴る音。同じ改札なのに、朝と夜で歩く速さが違う。コンビニのセルフレジの前で、おじいさんが止まっている。セルフなのに、店員が呼ばれる。ゲームでは敵より、誰も行かないマップの端の方が長い。動画を見ていると、映像より先に残るのは、この人はなぜこれを撮ろうと思ったのか、ということだった。

職業欄に書くようなことではなかった。

「まだ?」 先生が机の横に立った。 「はい」 「好きな教科から考えてもいいよ」

算数は好きだ。数学者になりたいとは思わない。図工も社会も面白い。画家にも政治家にもなりたくない。

空欄を見た。好きなものの先に、職業がついているらしい。電車なら鉄道会社。動物なら獣医。ゲームならゲームクリエイター。

僕の場合、電車より駅にいる人の方を見てしまう。ニュースより、ニュースにならなかった方を覚えてしまう。呼び方がなかった。

その夜、父さんの古いパソコンで変なサイトを見つけた。黒い画面の中央に、大きな文字。

NOT YET

下に、こうあった。

まだ名前のない仕事を探そう。

怪しい、と思った。次の文で、手が止まった。

将来の仕事を、いま決めなくていい。 きみがつい見てしまうもの。 時間を忘れてしまうこと。 なんだか気になること。 そこから、まだ名前のない未来を探してみよう。

「はじめる」というボタンがあった。押した。

最初の質問が出た。

気がつくと、つい見てしまっているものは?

「人が困ってるところ」

と書いた。

次。

誰にも頼まれていないのに、やってしまうことは?

「なんでこうなってるのか考える」

次。

学校の勉強とは関係ないけれど、妙に気になることは?

しばらくして、書いた。

「使いにくいもの」

駅の券売機。病院の受付機。学校の連絡アプリ。スーパーのセルフレジ。祖母のスマートフォン。使えることになっているが、使えないものが、あちこちにあった。

最後まで答えると、画面に出た。

まだ考えています。

少しして、文章が現れた。

POSSIBLE WORLD 01

あなたは、 「人が機械に置いていかれそうになる瞬間を見つける人」 になるかもしれません。

まだ、この仕事には名前がありません。

笑った。そんな仕事はない。

次。

POSSIBLE WORLD 02

あなたは、 「誰も問題だと思っていない不便を見つける人」 になるかもしれません。

会社や街や学校を歩いて、 まだ言葉になっていない困りごとを探します。

次を押す手が、少し遅くなった。

POSSIBLE WORLD 03

2041年。 街には、いまよりずっとたくさんのAIがある。

人間が機械に合わせるのではなく、 機械の方を、人間に合わせなければならない時代になっている。

そこであなたは、 老人、子ども、外国人、機械が苦手な人と一緒に街を歩く。 「ここで人は置いていかれる」という場所を見つける。

行政や会社は、その観察をもとにサービスを作り直す。

この仕事には、まだ名前がありません。

画面を見た。なりたい仕事を教えてもらった感じではなかった。説明できなかった癖の方に、仕事が寄ってきた感じがした。

ドアが開いた。 「まだ起きてるの」 母さんだった。 「これ見て」

母さんは読んだ。 「へえ」 それだけだった。

「こんな仕事、あると思う?」 「いまは、ないんじゃない」 「じゃあ意味ないじゃん」

パソコンを閉じようとしたとき、母さんが言った。 「仕事って、最初から全部あったのかな」

手が止まった。 「昔はYouTuberなんてなかったでしょ」 「うん」 「アプリを作る人もいなかった。AIに文章を書かせる仕事だって、ついこのあいだまでなかった」 画面を指さした。 「あなたが大人になるころの仕事の中に、いま名前がないものが混ざっていても、おかしくないでしょ」

母さんは部屋を出ていった。

もう一度、画面を開いた。いちばん下に、小さい文字があった。

この結果は、あなたの職業を決めるものではありません。 未来に置いておく、小さな仮説です。

次の日、先生が紙を回収しに来た。僕の欄は空のままだった。

「決まらなかった?」 「はい」

先生は困った顔をした。僕は鉛筆を持った。職業を書く欄に、ゆっくり書いた。

先生がそれを見た。 「これは……何?」

紙には、こう書いてあった。

まだありません。

先生は笑った。 「そういう意味じゃなくて」

その下にもう一行書いた。

だから、探します。

先生はしばらく紙を見ていた。赤ペンを出した。何か書くのかと思ったが、書かなかった。次の席へ行った。

窓の外を電車が走っていった。音が聞こえなくなるまで見ていた。中に、大人がたくさん乗っている。いまある仕事へ向かっているのだろう。

十五年後、同じ線路の上を、今日まだ名前のない仕事へ向かう人間が乗っているかもしれない。僕が乗っているかどうかは、わからない。

十三歳の僕には、職業はなかった。気になって仕方のないことなら、いくつもあった。

12人の物語を読んだあとで、今度は、あなたの「なんとなく気になること」から、まだ名前のない未来を探してみる。

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