ロハスのあとに、民俗が残った

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Kosuke Shirako

小黒一三さんが亡くなった。

雑誌『ソトコト』の元編集長。『BRUTUS』『クロワッサン』『ガリバー』などに関わり、その後、木楽舎を立ち上げ、『ソトコト』を創刊した編集者である。

この名前を見たとき、ひとつの時代がまた終わったのだと思った。それは、単に雑誌文化の終わりではない。紙のメディアが強かった時代の終わり、という話だけでもない。もっと大きく言えば、「暮らし方」を編集者が提案できた時代の終わりである。

かつて雑誌は、物を紹介するだけのメディアではなかった。どこへ行くか、何を着るか、どんな部屋に住むか、何を食べるか、どんな音楽を聴くか——そうした断片を束ねて、ひとつの生活の気分として提示していた。情報ではなく、空気を作っていた。商品ではなく、欲望の向きを作っていた。消費ではなく、生き方の輪郭を作っていた。

小黒一三さんは、そのような時代の編集者だった。都市生活者の欲望を知っていた人である。マガジンハウス的な都市の感覚を通過し、雑誌が街と消費と身体を結びつけていた時代の中心にいた人だった。

けれど、その人が次に向かったのは、都市の外側だった。

『ソトコト』は、環境、地方、ローカルコミュニティ、スローライフ、ロハスといった言葉を、まだそれらが行政用語やマーケティング用語になる前に、雑誌の形で提示した。いま振り返ると、「ロハス」という言葉には少し照れくささがある。オーガニック、エコ、スローライフ、サステナブル、地方での暮らし、自然と共にある生活——その語彙は、いまでは少し古びて聞こえる。

だが、古びたということは、それが一度、社会に広く流通したということでもある。多くの人に使われ、消費され、制度化され、広告化され、観光化され、移住促進のパンフレットに吸収され、やがて言葉としての鮮度を失った。つまり『ソトコト』は、早すぎたのではなく、早かったからこそ古びた。

ローカルは、かつて発見されるものだった。都市に住む人間が、地方へ向かう。東京から外へ出る。効率や消費とは違う時間を見つける。大量生産ではない食を見つける。顔の見える関係性を見つける。それは、都市の人間にとっての「外」だった。

だから『ソトコト』という名前は、とても象徴的だったのだと思う。ソトのコト。外側にあること。都市の内側ではなく、都市の外側で起きていること。あるいは、都市の生活者がまだ知らない、別の暮らし方。小黒一三さんは、その「外」を編集した。

ただ、ここで考えたいのは、そのあとである。ロハスのあとに、何が残ったのか。スローライフのあとに、地方創生のあとに、サステナブルという言葉があまりにも普通になったあとに、何が残ったのか。

残ったのは、たぶん民俗である。

ロハスは、暮らし方を美しく編集した。民俗は、暮らしの中に残ってしまったものを拾う。この二つは似ているようで、まったく違う。ロハスには選択がある。民俗には堆積がある。ロハスは、こう暮らしたいという意思に近い。民俗は、そう暮らしてしまったという痕跡に近い。

近所の理容室の古い看板。閉店した店の貼り紙。毎朝同じ場所に座っている老人。商店街の謎の置物。駅前に残る使われていない掲示板。誰かが植えたまま増え続けている鉢植え。昔の写真に写った、もう存在しない店。地元の祭りを何十年も実況し続けている人。小さな菓子店のマルシェ出店。誰が始めたのかわからない地域の習慣。

そういうものは、ロハスではない。美しく整えられた暮らしではない。コンセプト化された地方でもない。移住促進のポスターでもない。ただ、そこにある。残っている。続いてしまっている。忘れられかけている。

民俗とは、そのようなものだと思う。

いま自分が拾っているものは、『ソトコト』の後にあるものなのかもしれない。『ソトコト』は、外へ向かった。地方へ向かった。都市とは違う暮らし方を見つけようとした。けれど、いま必要なのは、必ずしも遠くへ行くことではない。

半径5メートルの中にも、すでに外はある。

近所の道にも、外はある。古い写真にも、外はある。親の記憶にも、外はある。子供の言葉にも、外はある。猫のいる部屋にも、外はある。かつて一緒に働いた人の訃報にも、外はある。昔聴いていた音楽にも、外はある。

外とは、地理的な距離ではない。自分の現在の言葉では、まだうまく掴めないもののことである。

小黒一三さんたちの世代は、その外を雑誌で編集した。ページを組み、写真を選び、コピーを書き、特集を作り、時代の気分を束ねた。それによって、多くの人が、まだ見ぬ暮らし方を想像できた。

しかし、いまはもう、雑誌だけが時代を編集することはできない。情報は分散した。生活は断片化した。誰もが写真を撮り、誰もが文章を書き、誰もが投稿する。けれど、そのぶん、何が大切だったのかは、すぐに流れてしまう。

ローカルは、いまや発見されすぎている。どの街にも「ローカルメディア」がある。どの自治体にも「地域資源」がある。どの観光地にも「知られざる魅力」がある。どの移住サイトにも「人とのつながり」がある。どのサステナビリティ資料にも「未来の暮らし」がある。

ローカルは、編集されすぎた。その結果、ローカルは少し疲れている。地域らしさ、人の温かさ、自然の豊かさ、顔の見える関係、丁寧な暮らし、持続可能な未来——これらの言葉は、もちろん嘘ではない。けれど、何度も使われるうちに、生活のざらつきを隠してしまうことがある。

本当のローカルには、もっと変なものがある。泣けるものがある。笑ってしまうものがある。説明できないものがある。少し怖いものがある。どうでもいいようで、なぜか忘れられないものがある。民俗は、そこに宿る。

ロハスのあとに民俗が残った、という感覚がある。

小黒一三さんが切り開いたものは、決して小さくない。都市生活者に、都市の外側を見せた。消費とは違う価値を提示した。環境や地方や暮らし方を、難しい思想ではなく、雑誌の手触りで社会に流し込んだ。それは、編集者にしかできない仕事だった。

しかし、その仕事が社会に広がり、言葉が一般化し、制度や広告に吸収されたあと、別の作業が必要になった。それは、もう暮らし方を提案することではない。暮らしの中に残っているものを、拾うこと。消えかけている声を、残すこと。誰も名前をつけていない断片に、そっと仮の名前を置くこと。意味になりきる前のものを、意味にしすぎないまま保存すること。

それが、これからのローカルの仕事なのだと思う。

ローカルを、もう一度かっこよく編集する必要はない。地方を、美しい物語にしすぎる必要もない。暮らしを、正しい未来像に回収する必要もない。むしろ、必要なのは、編集しすぎないことだ。変なまま置く。小さいまま置く。未完成のまま置く。誰の役に立つかわからないまま置く。

そこに、ロハス以後の民俗がある。

小黒一三さんの仕事は、ローカルを一度、社会の前面に出した。都市の外側にある暮らしを、雑誌の言葉で見えるものにした。そのあとに残された私たちは、もう一度、足元を見る。外へ行くのではなく、ここにある外を見る。地方を発見するのではなく、生活の中に沈んでいるものを見つける。美しい暮らしを提案するのではなく、消えそうな暮らしの痕跡を拾う。

雑誌が暮らし方を提案していた時代は、たしかに遠くなった。けれど、その時代が開いた穴から、まだ風は吹いている。

ロハスのあとに、民俗が残った。それは、華やかな言葉ではない。新しい流行でもない。市場を作るためのコンセプトでもない。ただ、生活の中に残っているもの。うまく説明できないのに、なぜか胸に引っかかるもの。忘れられる前に、拾っておいた方がいいもの。

小黒一三さんが見ていた「ソト」は、もう遠くの地方だけではない。それは、今日の道端にもある。古い写真の中にもある。近所の店の奥にもある。親の記憶の中にもある。子供の遊びの中にもある。訃報を読んで、ふと立ち止まる自分の中にもある。

雑誌が編集したローカルのあとに、編集されきらなかったローカルが残っている。その残りものを拾うこと。たぶん、そこから次の民俗学が始まる。


© SHIRO & Co.

First published: 2026-06-12