AXの次に来るもの
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— AIはUIではなく、意思決定を読む—
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Kosuke Shirako
AIエージェントの時代に、「AX」という言葉が出てきた。
AX。Agent Experience。つまり、AIエージェントにとっての使いやすさ。
これまで私たちは、UXを考えてきた。User Experience。人間にとって使いやすいか。わかりやすいか。迷わないか。気持ちよく使えるか。
その後、DXという言葉も使われるようになった。ここでいうDXは、デジタルトランスフォーメーションではなく、Developer Experience。開発者にとって使いやすいか。APIはわかりやすいか。ドキュメントは整っているか。開発者が迷わず使えるか。
そして、次に出てきたのがAXだ。
AIエージェントが、ある製品やサービスを使うときに、どれだけ理解しやすく、操作しやすく、安全に動けるか。AIを、単なるツールではなく、新しい「利用者」として扱う考え方である。
ITmediaの記事では、AXには大きく二つの側面があると整理されていた。ひとつは、AIエージェントが製品やサービスを使う際の体験。もうひとつは、人間がAIエージェントに仕事を任せる際の体験である。つまり、AIが使いやすいことと、人間がAIに安心して任せられること。その両方が必要になる、という話だ。
これはとても重要な論点だと思う。ただ、同時に、私は少し違うことも考えた。
AXは、おそらくUIの話では終わらない。
AIが読むのは、画面ではない
AIエージェントが使いやすい画面。AIが読みやすいAPI。AIが理解しやすいドキュメント。AIが迷わないエラー表示。AIが操作しやすい権限設計。もちろん、それらは必要だ。
けれど、AIが本当に読むようになるのは、画面ではない。AIが読むようになるのは、会社そのものではないか。
企業の中には、たくさんの見えないルールがある。
誰が決めるのか。誰に相談しなければならないのか。どこまで現場で判断してよいのか。どこから上長承認が必要なのか。何をリスクとみなすのか。何をブランド毀損とみなすのか。何を成功と呼ぶのか。何を失敗と呼ぶのか。誰の顔色を見るのか。どの部署が実質的な拒否権を持っているのか。
これらは、画面には表示されない。けれど、企業の意思決定を動かしているのは、むしろこちらである。
AIエージェントが業務を代行するようになると、AIは単に「ボタンの場所」を知るだけでは足りなくなる。
たとえば、営業支援AIが見積書を作る。マーケティングAIがキャンペーン案を作る。購買AIがサプライヤーを比較する。人事AIが候補者をスクリーニングする。法務AIが契約書の修正案を出す。
そのときAIに必要なのは、操作手順だけではない。
この会社では、何を重視するのか。価格なのか。品質なのか。納期なのか。安全性なのか。過去に何で失敗したのか。どこまで攻めてよいのか。どこからは絶対に踏み越えてはいけないのか。最終的に、誰が「よし」と言うのか。
AIは、UIではなく、意思決定を読むようになる。
ここが、AXの次に来る論点だと思う。
会社の判断構造に接続する
これまでのソフトウェアは、人間が操作するものだった。だから、設計の中心は画面だった。人間が見て、わかること。人間が押して、動くこと。人間が戻れて、安心できること。
しかしAIエージェントは、必ずしも画面を必要としない。AIは、APIを読み、ログを読み、権限を読み、ドキュメントを読み、過去の判断を読み、会議録を読み、契約書を読み、Slackやメールの文脈を読む。
つまりAIは、会社の表面ではなく、会社の判断構造に接続していく。
そうなると、企業に必要なのは「AIに使いやすいUI」だけではない。企業に必要なのは、「AIに読める意思決定構造」である。
私はここに、Decision Stackの必要性があると思っている。
意思決定は、いきなり発生しない。
まず、何かを観測する。市場を見る。顧客を見る。競合を見る。SNSを見る。現場を見る。異変を見る。
次に、その観測に意味を与える。これは一時的な流行なのか。構造変化なのか。単なるノイズなのか。組織にとって重要なのか。
そして、判断する。やるのか。やらないのか。待つのか。試すのか。撤退するのか。誰に相談するのか。
最後に、行動する。提案する。売る。作る。止める。公開する。契約する。説明する。
Observation。Meaning。Decision。Action。
この流れを、人間だけでなくAIにも読める形にしていくこと。それが、AXの次に来るものではないか。
コンテキストの奥にある問題
いま語られているAXは、まだ多くの場合、製品やサービスの設計論に近い。
AIエージェントが正しくアクセスできるか。必要なコンテキストを渡せるか。APIや外部ツールが扱いやすいか。複数の処理を連携できるか。
記事でも、エージェント側のAXには、アクセス、コンテキスト、ツール、オーケストレーションという観点があると紹介されていた。これはたしかに重要だ。
ただ、企業の現場では、そのさらに奥に問題がある。
そもそも、どのコンテキストを渡すべきなのか。誰の権限で動かすべきなのか。どの判断はAIに任せてよいのか。どの判断は人間が止めるべきなのか。何が「正しい判断」なのか。
ここは、技術だけでは決められない。
企業文化。組織構造。責任の所在。過去の失敗。ブランドの恐怖。法務の感覚。現場の暗黙知。経営の優先順位。これらが絡み合って、実際の意思決定は動いている。
だから、AIエージェントの導入が難しいのは、AIが賢くないからだけではない。むしろ、企業側の意思決定が、AIにも人間にも読めない状態になっているからではないか。
人間の社員なら、空気を読む。上司の表情を見る。過去の失敗を思い出す。社内政治を察する。「これは、いま出すとまずいな」と感じる。
しかしAIは、その空気を当然には読めない。読ませたいなら、構造化しなければならない。
会社の可読性
このとき、企業は不思議な鏡を突きつけられる。
AIに仕事を任せようとした瞬間、会社は自分たちの曖昧さに気づく。
誰が決めているのかわからない。判断基準が明文化されていない。権限が属人的になっている。過去の学習が残っていない。成功事例はあるが、なぜ成功したのかは説明できない。失敗事例はあるが、誰も触れたがらない。会議はあるが、決定が記録されていない。稟議はあるが、本当の意思決定はその前に終わっている。
AIエージェント時代に問われるのは、AIの性能ではなく、会社の可読性である。
読めない会社は、AIに任せられない。AIに任せられない会社は、人間にも過剰な負担をかけ続ける。そして、その負担は「調整力」や「経験値」や「空気を読む力」という言葉で、美しく隠される。
だが、それは本当に知性なのだろうか。もしかすると、それは単に、プロトコルが存在しない組織で、人間が毎日こっそり補修作業をしているだけかもしれない。
Protocol Experience
AXの次に必要なのは、Protocol Experienceだと思う。
PX。Protocol Experience。
つまり、AIや人間が、ある組織の判断ルールをどれだけ読みやすいか。どこに意味があり、どこに権限があり、どこに責任があり、どこに止めるべき境界線があるのか。それが、どれだけ明確に記述されているか。
これからの企業は、Webサイトを持つだけでは足りない。APIを開放するだけでも足りない。AI向けドキュメントを整備するだけでも足りない。自社の意思決定プロトコルを、外部にも内部にも、そしてAIにも読める形で持つ必要がある。
たとえば、マーケティングであれば、何を観測対象にするのか。どの変化を市場の兆候とみなすのか。どの声を顧客の本音として扱うのか。どのタイミングで提案書に変換するのか。誰に渡すのか。どの判断は人間が行うのか。どの判断はAIに委ねるのか。
これが明確になっていれば、AIは単なる文章生成装置ではなくなる。AIは、観測から提案までをつなぐ、意思決定の補助線になる。
逆に、ここが曖昧なままだと、AIはそれっぽい資料を大量に作るだけになる。
いま、多くの企業で起きているのは、たぶんこちらである。AIで資料を作る。AIで議事録をまとめる。AIでメールを書く。AIで投稿文を作る。
でも、その前に問うべきことがある。
何を観測したのか。なぜ、それが重要なのか。誰のための判断なのか。どの制約の中で動くのか。どこまで任せてよいのか。何を越えてはいけないのか。
AIが賢くなればなるほど、この問いは重くなる。 なぜなら、AIは実行できてしまうからだ。
文章を書く。送信する。予約する。発注する。更新する。削除する。推薦する。評価する。交渉する。
行動できるAIに必要なのは、能力ではなく、境界線である。
どこまで行ってよいのか。どこで止まるべきなのか。誰に確認するべきなのか。何を根拠として判断したのか。その判断は、あとから検証できるのか。
意思決定ログが、信頼の土台になる
記事でも、人間がAIエージェントを信頼するには、透明性レイヤーが重要だとされていた。AIが何をしたのか、何を根拠に判断したのか、どこで止められるのか、問題が起きたとき誰が責任を負うのか。それを人間に見えるようにする設計が必要になる、という指摘である。
私は、この透明性レイヤーを、もっと広く捉えたい。それはAIの動作ログだけではない。会社の意思決定ログである。
なぜ、この提案をしたのか。なぜ、この顧客を優先したのか。なぜ、この表現を避けたのか。なぜ、この契約条件を受け入れたのか。なぜ、この市場に入らなかったのか。なぜ、このプロジェクトを止めたのか。
こうした判断の履歴が、AIにも人間にも読める形で残っていること。それが、これからの信頼の土台になる。
AI時代に必要なのは、単なる自動化ではない。意思決定の保守である。
人間が、なんとなく判断してきたもの。現場が、経験で回してきたもの。組織が、空気で処理してきたもの。それらを、すべて硬直したルールにする必要はない。
むしろ、完全にルール化できないからこそ、プロトコルが必要になる。
ルールは、従わせるためのもの。プロトコルは、接続するためのものだ。
人間とAI。現場と経営。観測と判断。意味と行動。過去の経験と未来の仮説。それらを接続するために、意思決定のプロトコルが必要になる。
マーケティングは、観測から意思決定へ
AXは、AIエージェントを新しい利用者として迎えるための考え方である。それは正しい。
でも、その次に来るのは、AIを単なる利用者としてではなく、組織の判断構造に接続される存在として見る視点だと思う。
AIはUIを見るのではない。AIは、会社の意思決定を読む。
だからこれから問われるのは、AIにとって使いやすいサービスか、ではない。AIにとって読める会社か。人間にとって検証できる判断か。組織にとって保守できるプロトコルか。
その問いに答えられる企業だけが、AIエージェントを本当の意味で使えるようになる。
そして、たぶんこれはマーケティングにも直結する。
これからのマーケティングは、広告を作る仕事ではなくなる。市場の変化を観測し、意味を与え、組織の意思決定に変換する仕事になる。
AIは、その過程を加速する。しかし、AIが読むべきプロトコルがなければ、加速するのはノイズだけである。
AXの次に来るもの。それは、AIにやさしいUIではない。AIに読める意思決定である。そして、それを人間が検証できる形で残すこと。
これからの企業に必要なのは、AI導入ではない。AIに読まれても壊れない、意思決定の設計である。
© SHIRO & Co.
First published: 2026-07-08