インターネットは人間を接続した。
AIは人間を変換する
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— 370兆円成長戦略とAGIからASIへのロードマップが示す、参加の変質—
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Kosuke Shirako
政府が、2040年度までにAI・半導体など17の戦略分野へ、官民あわせて約370兆円規模の投資を掲げるというニュースが出てきた。AI、半導体、宇宙、量子、デジタル・サイバーセキュリティ、コンテンツ、フードテック、防災、医療、港湾、情報通信。並んでいる言葉だけを見ると、これはよくある成長戦略のようにも見える。けれど、少し引いて見ると、これは単なる産業政策ではない。AIが、社会の身体になるための準備である。
同じタイミングで、Google DeepMindから「From AGI to ASI」という論文も出てきた。そこでは、AGIを終点ではなく、さらにその先のASIへ向かう途中の状態として扱っている。スケーリング、アルゴリズムの転換、AI自身による再帰的改善、大規模なマルチエージェント集合。つまり、AIは単に便利な道具として進化するのではない。AIがAIを改善し、AI同士が組織のように動き、社会の中で複数の判断や行動を担っていく可能性が、かなり現実的な研究対象として語られはじめている。
ここで、少し不思議な感覚になる。これは、インターネットの時代と似ているようで、まったく違う。
インターネットは、人間を接続した
インターネットの時代、人間は自分の意思で接続した。ホームページを作る。メールを送る。掲示板に書く。ブログを書く。SNSに参加する。検索する。ECで買う。動画を投稿する。プロフィールを作る。参加とは、アカウントを作ることだった。
もちろん、インターネットも社会を大きく変えた。情報の流通速度は上がった。メディアは個人化した。企業と顧客の距離は縮まった。広告はターゲティングされるようになった。仕事の仕方も、買い物も、人間関係も変わった。けれど、そこにはまだ「参加する」という感覚があった。自分でサイトを開く。自分で登録する。自分で投稿する。自分で検索する。自分でつながる。
インターネットは、人間と人間、人間と情報、人間とサービスを接続した。中心には、まだ人間の操作があった。人間がネットに入っていった。
AIは、人間の側へ入ってくる
AIの時代は、少し違う。人間がAIに参加するというより、AIの方が人間の生活、仕事、制度、判断の中へ入ってくる。
文章を書く。画像を作る。会議を要約する。営業先を選ぶ。採用候補者を評価する。顧客の反応を予測する。医療画像を読む。工場の異常を検知する。物流を最適化する。子どもの学習を支援する。高齢者を見守る。行政手続きを案内する。防災情報を判断する。
ここでは、人間がAIを使っているようでいて、同時に、人間の行動そのものがAIに読み取られていく。どんな言葉を選ぶのか。どこで迷うのか。どの提案を断るのか。どの画像に反応するのか。どんな表情をするのか。どの時間帯に疲れるのか。どの制度に違和感を持つのか。どの場面で安心するのか。
AIは、情報だけでなく、人間の態度や反応を扱いはじめる。ここで、参加の意味が変わる。インターネット時代の参加は、アカウントを作ることだった。AI時代の参加は、人間として社会の中に存在していることそのものになっていく。
参加を選ぶ前に、参加している
インターネットの普及期には、まだ少し牧歌的な空気があった。「ホームページ作った?」「ブログ始めた?」「mixiやってる?」「Twitterアカウントある?」「YouTubeに投稿してる?」参加は、ある程度、自分で選べた。
もちろん、時代が進むにつれて、ネットに参加しないことは難しくなっていった。けれど、それでも最初は、自分で扉を開ける感覚があった。
AIは違う。会社がAIを導入する。行政がAIを導入する。学校がAIを導入する。病院がAIを導入する。採用システムがAIを導入する。営業管理がAIを導入する。都市インフラがAIを導入する。家電や車やセンサーがAIとつながる。
そのとき、個人はAIに登録していなくても、AI化された環境の中に置かれる。AIを使うかどうかを選ぶ前に、AIによって分類され、補助され、予測され、評価され、最適化される可能性がある。
これは、参加の変質である。自分からサービスに入るのではない。社会の方が、AI化していく。そして、その社会の中にいるだけで、人間はすでに参加している。
370兆円成長戦略が示しているもの
政府の370兆円成長戦略は、この変化を国家レベルで後押しするものに見える。AI・半導体だけではない。デジタル・サイバーセキュリティ、宇宙、量子、フードテック、医療、コンテンツ、防災、港湾、情報通信。これらは、単なる産業分類ではない。生活の周囲にあるものだ。
食べる。移動する。働く。学ぶ。治療を受ける。災害に備える。遊ぶ。表現する。買う。住む。通信する。
AIは、これらの領域に入っていく。つまり、AIはパソコンの中だけにあるものではなくなる。スマートフォンのアプリでも終わらない。AIは、工場、港湾、病院、学校、自治体、農業、防災、家庭、コンテンツ空間に入っていく。AIは、身体を持ちはじめる。
ここでいう身体とは、ロボットだけを意味しない。センサー、半導体、通信網、データセンター、自治体システム、業務アプリ、生成AI、エージェント、XR、ゲーム空間、行政手続き。これらすべてが、AIの身体になる。国家は、AIに身体を与えようとしている。
AGIからASIへのロードマップが示しているもの
一方、Google DeepMindのAGIからASIへのロードマップは、AIの内側の速度を示している。これまでAIの進化は、人間が研究し、開発し、モデルを訓練し、サービスに実装するものだった。しかし、これからは少し変わる。AIがAI研究を支援する。AIがコードを書く。AIが実験を設計する。AIが論文を読む。AIが仮説を生成する。AIが複数のエージェントとして連携する。AIが人間の組織に近い形で作業を分担する。
つまり、AIの発展速度そのものが、AIによって加速される可能性がある。
インターネットは、普及に時間がかかった。通信回線が必要だった。端末が必要だった。ブラウザが必要だった。検索エンジンが必要だった。ECが必要だった。SNSが必要だった。スマートフォンが必要だった。段階があった。
しかしAIは、すでにインターネットの上に乗っている。クラウドがある。スマートフォンがある。SNSがある。企業システムがある。行政システムがある。決済がある。位置情報がある。画像、音声、動画、文章のデータがある。
AIは、ゼロから社会を接続する必要がない。すでに接続された社会の上で、人間を変換しはじめる。だから、スピード感が違う。
インターネットは接続のインフラだった
インターネットは、人間を接続した。それは、巨大な変化だった。離れた人と話せる。情報にアクセスできる。個人が発信できる。小さな店が全国に売れる。無名の人が見つかる。趣味の共同体が生まれる。既存メディアを通さずに言葉が流れる。
インターネットは、接続のインフラだった。しかし、接続された人間は、まだ人間のままだった。ブログを書く人。写真を投稿する人。動画を撮る人。コメントする人。買う人。売る人。見る人。検索する人。
もちろん、プラットフォームは人間の行動をデータ化した。広告や推薦アルゴリズムも、人間の欲望や注意を変えていった。それでも、インターネットの中心にあったのは、接続だった。
AIの中心にあるのは、変換である。
AIは変換のインフラになる
AIは、人間の言葉を要約する。AIは、人間の声を文字にする。AIは、人間の行動を予測する。AIは、人間の好みを分類する。AIは、人間のスキルを評価する。AIは、人間の判断を補助する。AIは、人間の仕事を再構成する。AIは、人間の記憶を外部化する。AIは、人間の違和感を、データの異常値として扱う。
AIは、人間をそのまま接続するのではない。人間を、処理可能な形に変換する。
文章はベクトルになる。声は特徴量になる。表情は感情推定になる。購買は予測モデルになる。職務経歴はスコアになる。関係性はネットワークになる。迷いは離脱率になる。沈黙は無反応として扱われる。
このとき、人間の一部は便利になる。探しやすくなる。薦めやすくなる。助けやすくなる。診断しやすくなる。管理しやすくなる。最適化しやすくなる。しかし同時に、何かが失われる。人間は、処理可能な形式に変換された瞬間に、少しだけ人間ではなくなる。
この「少しだけ」が、これからの社会では大きな問題になる。
人間データインフラの始まり
SHIRO & Co.が見ているのは、ここである。AI時代に必要になるのは、AIモデルだけではない。人間が、AIによってどのように読み取られ、変換され、再配置されるのかを扱うインフラである。それを、仮に「人間データインフラ」と呼んでいる。
ただし、これは個人情報データベースのことではない。名前、年齢、住所、会社名、役職、購買履歴、位置情報を集めるだけなら、それは従来のCRMや広告配信の延長である。
人間データインフラが扱うべきなのは、もっと曖昧な層である。信頼。違和感。態度。文脈。生活のリズム。関係性。迷い。選ばなかったもの。言葉にならなかった反応。その人が閉じる瞬間。その人が安心する条件。その人がなぜか拒むもの。
AIが社会に入っていくとき、本当に重要になるのは、この層である。なぜなら、人間は論理だけで動いていないからだ。正しい提案でも、受け入れられないことがある。便利な仕組みでも、息苦しくなることがある。効率的な制度でも、どこか嫌な感じがすることがある。完璧に最適化された空間でも、人間がそこに住みたくないことがある。
この層を設計しないまま、AIだけが社会に入っていくと、人間は少しずつ変換されていく。そして、変換されたことにすら気づかなくなる。
コンテンツも参加の場になる
今回の成長戦略で興味深いのは、コンテンツも戦略分野に含まれていることだ。ゲーム、アニメ、マンガ、音楽、映像。かつてこれらは、娯楽や文化産業として扱われていた。しかし、AI、XR、生成技術、仮想空間、アバター、知覚デバイスが重なると、コンテンツは単なる作品ではなくなる。それは、人間が参加する環境になる。
ゲームは遊び場であり、生活空間になる。仮想空間は、別の身体を試す場所になる。アバターは、もう一つの自己になる。生成AIは、内面を外に出す装置になる。音楽や画像は、感情を調整する環境になる。SNSは、民俗が発生する場所になる。
人間は、コンテンツを消費するだけではなくなる。コンテンツの中で、自分を変える。コンテンツの中で、関係性を作る。コンテンツの中で、意味を置き直す。ここでも、参加の意味は変わっている。
見ることが参加になる。反応することが参加になる。生成することが参加になる。記録されることが参加になる。モデルに学習されることが参加になる。
インターネット時代の参加は、投稿することだった。AI時代の参加は、反応し、変換され、再利用されることになる。
「参加しない」という選択肢は残るのか
ここで、ひとつの問いが出てくる。AI時代に、参加しないことは可能なのか。
インターネット時代には、まだ「ネットをやらない人」がいた。スマートフォンを持たない。SNSをやらない。ブログを書かない。ECを使わない。不便ではあっても、しばらくは可能だった。
しかしAI時代に、参加しないことはどこまで可能なのか。会社の業務システムにAIが入る。採用にAIが入る。行政窓口にAIが入る。病院にAIが入る。金融審査にAIが入る。学校にAIが入る。交通や防災にAIが入る。都市の監視や管理にAIが入る。
そのとき、AIを使わないという選択はできても、AIに扱われないという選択は難しくなる。ここが大きい。AIを使うことと、AIに扱われることは違う。そして、これからの社会では、後者の方がはるかに重要になる。
変換されきらないものを残す
SHIRO & Co.がやろうとしていることは、反AIではない。むしろ、AIが社会に入ることを前提にしている。AIは止まらない。AIは便利である。AIは産業を変える。AIは生活を助ける。AIは人間の能力を拡張する。しかし、それだけでは足りない。
AIが人間を変換するなら、変換されきらないものをどう残すのかを考えなければならない。違和感。沈黙。余白。手触り。偶然。遅さ。無駄。迷い。気配。生活の品。まだ言葉になっていない感情。
これらは、AIにとって扱いにくい。けれど、人間にとってはとても重要である。データにならないもの。スコアにならないもの。最適化されないもの。説明できないけれど、確かにそこにあるもの。
AI時代に本当に必要なのは、それらを無理にデータ化することではない。それらが消えないように、意味の層を設計することだ。
インターネットの次ではなく、別の文明
AIは「次のインターネット」と呼ばれることがある。たしかに、社会を大きく変えるという意味では似ている。けれど、構造は違う。
インターネットは、人間を接続した。AIは、人間を変換する。インターネットは、人間が情報空間に入る技術だった。AIは、情報空間が人間の生活に入り込む技術である。インターネットは、参加を広げた。AIは、参加の意味そのものを変える。
インターネット時代、人間はアカウントを作って参加した。AI時代、人間は存在しているだけで参加している。この違いは大きい。
だから、AIを単なるITトレンドとして見ていると、たぶん見誤る。これは、ソフトウェアの話ではない。これは、社会の運用形式が変わる話である。これは、人間がどう扱われるかの話である。これは、意味がどこに保存されるかの話である。
誰が意味の層を設計するのか
370兆円成長戦略は、AIに身体を与える。AGIからASIへのロードマップは、AIの内側の速度を示す。この二つを重ねると、これから起きることが見えてくる。
AIは、国家によってインフラ化される。AIは、企業によって業務化される。AIは、研究機関によって自己改善の経路を描かれる。AIは、プラットフォームによって人間の反応を吸い上げる。AIは、コンテンツ空間で人間の欲望や感情に触れる。
そのとき、人間はどのように残るのか。ここが、まだ十分に語られていない。
政策は、投資額を語る。企業は、生産性を語る。研究機関は、性能を語る。プラットフォームは、利用時間を語る。市場は、成長率を語る。けれど、人間がどう変換されるのか。変換されたあとに、何が失われるのか。変換されきらないものを、どこに残すのか。この問いは、まだ中心にない。
SHIRO & Co.は、その層を見ている。Trust OS。Decision Stack。Undecided Engine。Protocol Publishing。Meaning Layer。Human Data Infrastructure。これらは、別々の言葉ではない。AIが社会に入り、人間が変換される時代に、信頼、判断、違和感、意味、生活の手触りをどう扱うのか。そのための観測と言葉である。
人間は、接続されたあとに、変換される
インターネットは、人間を接続した。それは、二十数年かけて、社会の前提になった。
AIは、その接続された社会の上に現れた。だから速い。すでにデータがある。すでにクラウドがある。すでにスマートフォンがある。すでにSNSがある。すでに決済がある。すでに企業システムがある。すでに生活はデジタル化されている。
AIは、その上で人間を読み取り、変換し、再配置する。この速度は、インターネットの普及速度とは違う。人間がゆっくり慣れていく時間は、あまり残されていないかもしれない。
だからこそ、いま必要なのは、AIを使う方法だけではない。AI社会の中で、人間がどう参加させられているのかを観測すること。人間がどのようにデータへ変換されているのかを記録すること。そして、変換されきらない意味の層を設計すること。
インターネットは、人間を接続した。AIは、人間を変換する。
その変換が始まっている。そして私たちは、もう参加している。
© SHIRO & Co.
First published: 2026-06-25